2017年6月アーカイブ

What a wonderful meeting!

プライベートレッスンで定期的にお邪魔している家庭がいくつかあります。

プライベートレッスンは、何といっても圧倒的に技術の習得が早いことと・・・なんとなく全面的に肯定してくれるおばあちゃんみたいな人がそばにいるあたりが、最大の強みでしょうか。

どんな子でも、どんな文字にも表れる、その人柄は素晴らしいのだ!という前提に立つ書道laboratory【天】ですから、グダグダになって疲れちゃっている子どもには無理強いせずに、とりあえずグダグダをコトバと文字に吐き出させます。少し疲れが癒されれば、それもまた書の効用のひとつです。

単発でプライベートレッスンにお伺いすることもあります。お教室の方に来ていただくこともあります。

変わったところでは、ペン字でお姑様に書くお手紙のモデルケースのお手本書きを含むレッスンや、外国人のお友達のためのカルチャーセンター的レッスン、外国人たちの集まるパーティーの時の、子ども部門の余興というか......ありていに言ってベビーシッター代わりというのもありました。何しろ楽しかったのと、でき上がった作品はものすごく喜んでいただけたので、こういうお仕事も大歓迎。

プライベートレッスンは、2名までです。指導の質を考えると1人がベストですが、コストも考えて。

さて、あるお宅にプライベートレッスンで伺っていた時、ベビーシッターさんがとても興味深そうに書道をご覧になっていました。そこで、その次の回に彼女の分もお道具をお持ちし、ちょっと促してみました。彼女はとても喜び、道具扱いの基本から基本の筆運びをしっかり繰り返しました。

基本だけではつまらないだろうと思い、漢字を書くように薦め「光」に挑戦。初回とは思えぬできばえに驚きました。

ものすごく手筋が良いのです。勢いも、手本を見る力も。彼女には才能がある!しかも努力家で勤勉である。じっくり育てたい生徒の一人になりました。

そして二度目に「光」を仕上げ、三度目に伺った昨日・・・「来週、故郷のドイツに帰る」と聞きました。

自分の名前の意味を漢字にした「蝶」にトライしたいというので、虫と世と木に分けて特訓。勢いだけで恰好がつく文字とは違い、初心者には難しい文字と技術ばかりです。筆順も大事です。彼女はここが気に入らない、まだここがアシンメトリーだ、右払いがうまくできない!と何枚も半紙を真っ黒にするまで書きつづけ、「もっとできるはずなのに」という悔しさをにじませつつ、最後には私が選んだ一枚と一緒に写真を撮らせてもらいました。

ああ、育てたかったなあ。

私にとって初のドイツ人門下生は素晴らしく真面目でチャーミングでした。とにかく故郷のドイツでも絶対に書道を続けてほしいと言い、ハグをして別れました。

書を介して、素敵な出会いがありました。

同時に、彼女が出会った「書道」が、この先、彼女自身の人生も豊かな彩りを与えてくれますように。

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未曾有の危機

公開できない事情があって、「寺子屋」が一年半で夢潰えました。

相棒が抜けます。

ソロバンがなくなったら、ただの書道教室だもんなあ。

読み書き・そろばんをセットにして(あるいは個別にとって)、学習以外にもうひとつの強み、塾や学校以外にちょっとした自分の隠れ家、自信をもって自己表現できる場所を作る、子育て母さん世代を応援する月一イベント、など「欲しかった私塾」を掲げて、私はそろばんの講師と組み、一年半前に久我山に「寺子屋」を作りました。

独自メソッドで少数精鋭、時に実験的なアートを追求する指導は、三田の書道laboratory【天】で。みんなで擬似兄弟みたいにわいわいやるのは、久我山の寺子屋【天】で。私のバランスもそろばんとの兼ね合いも、それがちょうどいいように思えて、コンセプトの組み立てからパンフレットづくりから場所選びから生徒募集から......一つ一つの困難をパートナーと一緒に乗り越えて頑張ってきました。

最初からあまりに似ている境遇で意気投合し、こんな塾を作りたいという夢の話で止まらなくなり、そして、ゆっくり夢を形にして......。彼女がいたから、すごくタフに走ってこられたのだと思います。

それが予期せぬアクシデントで、彼女がそろばん塾を閉鎖することになってしまい......。

事情もよくわかっているので......最後の晩餐に最初に意気投合した時と同様にインドカレーを食べ、甘すぎるマンゴラッシーに二人でむせて少し涙ぐみました。残り僅かな時間、慰留ではなく慰労をしました。そして、円満に別れました。

今、ここで運命に翻弄されていることを、十年後に一緒に笑い話にしたかったけれど、それは切実に切実に本当にそうしたかったけれど、このピンチがどんなチャンスを生むかを考えればなんとか一人でも乗り越えられる気がします。こんなことで負けるもんか!! 結構大きな痛手だけど、負けるもんか!! 

とりあえず、久我山の寺子屋を書道laboratory【天】として成立させるためにどうすればいいか。今の門下生の通える範囲はどこまでか。授業終了後、家賃経費の予算を出し、それをもって不動産屋さんに行き、帰宅後ネットで物件を探し、一人用の書道スタジオを探し始めようと思います。泣いているヒマはない。まずは打てる手を打とう。行けるところまで行こう。

こんなに世の中には空き店舗があって空き部屋が溢れているのだから、どこかにきっと、新天地があるにちがいない。

未曾有の危機だって、喜々として!

この戦闘モードにどんな写真を添えようかなあと思っていたら、私の教え子ちゃんの圧倒的な「おつかれさま」に癒やされたので、シェアしておわりにしましょうかね。

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野際さんの訃報を聞いて、ネットをさまよいました。

「ピーチの日記」http://happybirthday527.blog104.fc2.com/blog-entry-1138.html に、「トリック祭りの様子」がきっちりレポートされているのをみつけ、ドラマの中の筆耕をじっくり拝見しました。

野際さん山田奈緒子の母が書いた作品を改めて見て、あ、この人の手、似ているんだ......と思いました。

私の好きなタイプの、とても綺麗な手。

野際陽子さんが亡くなり、心よりご冥福をお祈り申し上げます。

野際さんの美しさには一ミリも近づけませんでしたけれど、彼女演じる書道講師が書いた文字には似せて書くことができるという発見が......今更ですけれど、あったのでした。

道草

「道」について......一応「書"道"」で食べていることから、小学校に呼ばれてお話をさせていただきました。

オーディエンスは、小学校5年生。

最近の小5は、大人でジェントルで、好奇心にあふれていて......私の時代の小5とは全く別の生き物でした。

盛り上がるところではちゃんと盛り上がり、静かに聞くべきところではきちんと聞き、最後のリレー書道では、全体のバランスの中で自分の一画をどう生かすかを真剣に考えて見事な作品を仕上げていく。

◆  ◆  ◆

「道可道 非常道」

老子の言葉は深淵で、「これが道、なんて言えっこないんだからさあ、偉そうにそんな風に言ってる時点でそれ、道じゃないからね」(超訳)という言葉に到達するには、子どもたちの想像力だけが頼りです。

実際、そのとてつもない抽象概念がどのぐらい入っていったかはわかりません。

でもなんとなく、

「書道ってのが身近にあって、それは面白そう」

ということが伝わったなら、「書道の面白さ伝道師」としては十分かなという目標設定でした。

そもそも幸せのハードルは低めに設定するのが私の上機嫌に生きる一番のポイントなのです。しかし、しかし、だ! 彼ら、想像を遥かに超越する形で作品を仕上げてきて、それは具体的に「書の道、いいじゃん!素敵じゃん!」と語ったも同然な、もう圧倒的に期待値以上の成果だったのね。あれを見たら、指導した側は脳内快感汁無限開放状態になりますよ。

中にはもちろんやる気のない子もいたのでしょうが、グループワークにしたためみんなでフォローし合ってくれたのか私には「退屈さ」は見えてこなくて、結局彼ら、賢いんですよ。講師を乗せるのが実にうまい。いやあ、楽しく夢中で喋り倒した45分間でした。

とても幸せな時間をありがとう、小5の皆さん。

http://school.setagaya.ed.jp/muka/

◆  ◆  ◆

私が書道を始めたのは小2の時。八歳でした。

母が開塾して、私はその広告塔でした。高校卒業するまで毎週毎週、字を書くことも書道そのものも全然好きではなかったのに、「それが当たり前だったから」やってきました。

毎月の競書で全国上位に名前を乗せることの意味もわからないまま、課題をこなすだけ。

昇段審査の課題は多岐に渡り今思うと本当によい教材に触れていたのに、機会的に課題を手本通りに書くだけ。

あの時、ちゃんと意義とか意味とかを見つけていたら、私はもっと楽しく書と関われたのにという大きな後悔があります。

結局十年「お習字」を書いて、書道具を置いて家を出ました。

私は「書の道には進まない」と決め、同じ「書く」にしても文章の方へと進んで行くわけですけれども......。文字の持つ力より、言葉の持つ力に傾倒して十五年間のライター生活。そこからジョブチェンジしてプロのお母さん時代には子どもの心に寄り添ってきました。学童の放課後支援にも携わり、子どもたちの抱えている気持ちにも想いを馳せて見たり。

そういうのがね、十余年前ぐらいから全部こわいぐらいに統合されていくわけです。

PTAとして関わった第一回の夏休み地域教室で、母を講師として呼び、そのコーディネーターを務めます。二年目もぜひというオファーに体を壊した母の代打で立ちました。これが楽しすぎた。

「楽しすぎた」という話を友人にしたところ、じゃあインターの幼稚園の特別授業で子どもたちの前で書いて見せて。というオファーを受け、日本の伝統文化なので、和服を着てやってみた。これがまた楽しすぎた。

喜んでいただけて放課後定期的に教えるようになる。これがまた毎回、楽しすぎる。

そして、これこそが私の研鑽の場所でした。

どうやって書に親しんでもらえるかを毎回考えるというのが、大きな学びになりました。同時に、私自身の過去辛かった書への取り組みを全部癒やすことになりました。徹底的に訓練されていた技術だけは説得力を持って、書家として立つほどではなくともどこでもどんな文字でも書ける有利な状況を自覚するようにもなりました。

教えるどころか、まるで初めて「書」ともう一度出逢ったようでした。子どもたちに、インターの先生方やお母様方に、いったいどれほど多くのものを与えていただいたか!

ほどなく近所の特別支援の私塾から授業のお声がかかり、ここでもまた「書」を介してたくさんのことを学びました。障碍を抱える生徒と書は親和性が高く、彼らの素直で大胆な作品が饒舌に語る強い想いには震えます。数年を経た今も楽しすぎる時間になっています。

「書」への関わりと、そのお楽しみの言語化がどんどん進んでいく。

自分のメソッドで子供達を指導してみたくなりました。信念が熱い思いになって溢れてきました。想いが行動に変わるのに時間はかかりませんでした。

インターの放課後レッスンを体系化させて、大きな団体にはない、小さな小さな塾で適齢期の子供と一緒に研鑽する時間が持ちたくなったのです。

そして開塾。

◆  ◆  ◆

道は、一生続く。

ゴールはない。

「道」を語りながら、またここにも気づきがありました。

長い長い道草を経て、また書の道に戻ってきたんだなあ。道草の最中に見つけたものがこの道の地図だったなんて、ちょっと出来過ぎな話ですけれども。

早速メールをいただきました。ありがとうございます。

「字がヘタで」悩んでいる。と。

えーっと・・・それはいわゆる美文字ではないというだけで、実はその文字こそが貴方自身の人柄を表す「愛おしい文字の形」なんだと私は思うんですが、いかがでしょう。

ヘタな文字なんて、存在しない。

騙されたと思って、「その言葉を伝えたい」という意識の下、丁寧に筆書きしてみてください。圧倒的に見栄えが違います。

今まで、急いで書いていませんか。

分からない漢字は適当にごまかしちゃっていませんか。

勢い、雑になっていませんか。

美文字ってコツさえ掴めば簡単。ダイソーでもテキストが売っているご時世ですから、ぜひ一度お試しを。

テキストをなぞるときのスピードと慎重さで書いたら、どんなに頑張ったって下手な文字にはならないです。

よその国の文字の美醜が私たちにはわからないように、海外の方から見たら筆文字の何がうまくて何がうまくないかはおそらくわからない。貴方のことを「字が下手」という人は世界中探してもそうはいないということ。世界の人口、70億。

生まれ育った日本で見慣れた美文字のように書かなくちゃ!と焦るから相対的にヘタな気がしているだけで、文字に想いを込めて書いた時、そこには必ず味わいがあります。

さらに秘密兵器「筆ペン」を使えば、筆の太かったり細かったり、滲んだりかすれたり、ハネたりハネなかったりが、字の表情を豊かにしてくれます。

そんな自分のまんざらでもない文字を見ると、ちゃんと自信になりますから。

字を書くことさえ苦痛にしなければ、書いているうちにコツはどんどんわかってきます。

そのうち、字を書くことが好きになります。楽しくなったら、怖いものなんかなくなります。

まずは「ヘタだから書きたくない」という気もちを脱ぎ捨てることから。バーンと、脱いじゃいましょう!夏だし。

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フリップ芸として講演会で使ったスケッチブック

席順札

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こんなくじ引きはいかがでしょう。

「意見交換会」の席順はくじ引きで決めることが多いですよね。

以前、幹事をお引き受けした時、四字熟語をくじ引きしてもらって、箸袋に同じ四字熟語を探すというミニイベントを導入したところ、大変好評でした。

以来、お願いされるとちょこちょこ毛筆くじを作りました。

受験前に集まったママ友会では「初志貫徹」や「満願成就」などの言葉を多くしたためお守り代わりにしてくださった方もいて、なんとなく「トリック」の奈緒子の母みたいな感じになりかけたことも。

「文字には不思議なチカラがあります」

いえいえ、野際陽子さんが書道塾でおっしゃると説得力がありましたが、私ごときでは......(汗

さて、今回、持ち番で幹事をお引き受けしたものの、お店選びから何から本当にご尽力くださったのは仲間たちで、わたしにできることといえば四字熟語くじ引きを作るぐらい。なので謹んで幹事さん仲間にリクエストを頂きたい旨をお伝えすると、

「ゆう子さん、シャッフルタイムの時のクジは【ことわざ】がいいです!」

とのことでしたので、四字熟語との差別化を測るために初めて朱墨で書いてみました。(こんなことだけで他のお仕事を免除してくださって、ありがとう!)

こういうのを作っている時間は、本当に楽しくて楽しくて......。

ご用命いただければいつでも作りますので、ぜひどうぞ。

「道」について

「道」について、どう考えるか。

昨日、相方と3時間、延々楽しく話したのが「道」と「アート」についてでした。

25年前に結婚して以来、暇を見つけてはおしゃべりしている大変にやかましい夫婦なのですが、視点や発想の違う人との会話は尽きることがなく大変に面白いです。

アート系の相方は、「型」を好みません。

しかし私は書道系ですから、いかにアート寄りだとしても「型」は外せません。

「型」があってこそ「型破り」ができる。その時、手習いは芸術になる。というのが私の主張でした。

「道可道、非常道」
(道の道とすべきは、常の道に非ず。)

老子です。毎度ちょこっといいことを言うおじいさんの言葉を借りますと、「これぞ書道!という道なんかない。わかったような気になって道だなんて思ったら、それはもう道じゃない」ということであり、つまり果てしないゴールに向かう道なき道ってとこかな・・・と思います。

たとえば・・・門下生は、幼稚園児であっても一人の「書家」として接したいと私は常々思っています。その瞬間しか書けない素敵な幼児の字体は、私には到底真似出来ない素敵な「書」だからです。彼らには「書の道」を行く者という自覚がないかもしれませんが、確実に書道を楽しんでいます。彼らの作品に宿る力は魂を揺さぶる芸術であり、私も学ぶ点が多くあります。

始める。書くことが好きになる。楽しくなる。そうしたら、あとは勝手にどんどん上手くなっていくことを、私はここしばらくの間に、子どもたちから教えられました。

だから道の始まりは、まず「おもしろそう」から始めたい。

「型」を「型」や「技術」として学ぶのは結構つらい作業でもありますから、好きな文字を書きながら自然に習得していけばいいとも思っています。

そして一生続く目の前の道、休んだりルートをかえたりしながら、「ちょっとした気分転換に書道」とか「今日は荒ぶる心と対峙する書道」とか、そういう自分をみつめる豊かな時間として「書」が身近になってくれたらいいなと願っています。

......ってなことを、ご近所のおばちゃんとして子どもたちの前でお話する機会を得ました。

相方だけでなく、子どもたちからもたくさんの声が聞けたら良いなと思っています。それがまた私の行く先々の道を、楽しいものにしてくれそうです。

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