2018年1月アーカイブ

射と書

お嬢の母校では弓道部応援団だった保護者は「大人弓道の会」に入会することができます。

もれなく弓を引くチャンスをいただけるわけです。

任意なので、やりたい人たちには弓に親しむ道があるよというだけのお話なんですけれどもね。

お嬢の代が卒業してから弓を始めて三年目。同期の出世頭はすでに三段。一緒に始めた仲間も皆さくさく有段者になっています。私はPTA活動とかぶる審査日が多いのを言い訳に未だ無級のまま。来年度も継続して役員だと思うので、とにかく小僧が高校を卒業したら本腰を入れるつもりで焦らないと言い聞かせています。

有段者にならないと、都内の弓道場で打ちっ放しというか個人練習ができないというルールがあります。道場の先生が技能を認めてくだされば準ずる認定証が発行されるので、私の場合は小金井公園と光が丘公園では練習できるのですが、いかんせん公園は閉場が早く、土曜ボランティアの帰りにちょっとついでに・・・というわけにはいかないのがネック。弓も矢も危険なお道具でありますから、それは当然だとも思います。しのごの言わず審査に臨んで有段者になれということです。はい、頑張ります。

そんな私ですが、ゆるい取り組みでも赦してくださるのがこの「大人弓道の会」でして。

五十肩に悩んで夏以降、連盟の練習をおやすみしていた私も久しぶりにお嬢の母校の弓道場で弓を引いてきました。

四矢勝負の射会はセカンド・ビギナーズラック、まぐれあたりの三中で優勝。久しぶりに賞状と副賞をいただきました。恩師から表彰されるのは本当に嬉しかったですし、賞状筆耕などもさせていただく時に一枚の賞状の重みを軽んじることないようにと改めて自戒しました。

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楽しい新年射会はそのあとメインの射的大会になりまして、大量の色紙的を安土に並べ射抜けばお菓子がもらえる、という原始的な本能に火がつく仕掛け。考えた幹部、天才。みんな、たくさん駄菓子をもらって帰りました。

※  ※  ※

「先生」とちやほやされると自分は偉いと錯覚してしまうことはないか。

先日、ママ友からドキッとする鋭い質問を受けました。

幸か不幸か、私は自分が書家としてはとても未熟なことを熟知していますから日々やるべきことがたくさんあります。先生としても大きな団体に属さないと決めた以上、いろいろな流派の書籍を読み、いろいろな教え方や手を習っています。最近では古典を臨書する日課が楽しくなってきました。・・・案外生真面目だよね、自分。と思ってみたり。

お習字の先生としても新人ですから門下生と必ず一緒に筆順を確認しますし、知らないことは隠しませんから門下生も私にいろいろと教えてくれようとします。ライブでお手本を書きながら(←これは塾の売りのひとつです)うまく書けない時には門下生と一緒に修正したりもします。私に教えるために教室にある書道の本を読み始めた子や、毎回漢字クイズを仕込んでくる子もいて大変に楽しい。教えることはすなわち学ぶことだなあと塾を始めてしみじみ感じるわけですが、書道と弓道を同時に精進しようというのが実はよりよい効果を発揮している気もします。

弓には沢山の師がいて、同志も時に共に研鑽する師になります。

最初に私に指導してくださった村田晴海先生は私にとって特別な恩師にあたります。

私も門下生にとって、「私の村田先生」のような存在になれたらと思います。こういう志は書だけでは決して得られませんでした。

書も本来は死ぬまで追求すべき道。先生と呼ばれるのはスタート地点に立ったようなものとして、日常生活でも常に書を意識するようになりました。それは別のある先生の教えでもあります。「射の道は仁なり」そのために常日頃から鍛錬し弓が引ける体づくりをすること。私は体を洗う時にも跪座です。と伺って以来、私も思い立ったら足ぶみ胴づくりを欠かさず行っています。「意識の改革」をするのは、道を志す者の第一歩かもしれません。

書には「射会」のようなものはありませんが、楽しい新年射会を経てこういう楽しいイベントがもっとあってもいいのかもしれないなと思いました。うん、考えましょ。やっちゃいましょ。普段は極めて真面目にお稽古している子も笑いながら仲間と過ごす時間があったら・・・書をもっと好きになるかもしれない。

射から学ぶ書もまた、楽しいものです。

道可道。非常道。

こういう境地が待っているとは。書を始めた8歳の時も、射を始めた50際の時も、想像していなかったことでした。生きていくって面白い発見の連続なのね。まいったなあ。長生きしたいと思います。

お嬢が大学三年生です。

インターンシップやら就活セミナーやら、私には馴染みのない単語が私とのライン上で飛び交うようになりました。

私にバックアップできることはほぼないに等しいのですが、とりあえず丸文字を矯正ししっかりした文書を書けるように、と、彼女専用のお手紙ドリルを作り指導してみました。

書道塾を作る前は専業母だったのですが、長い独身時代にはフリーランスで雑誌の記者をしていました。その時のクライアントにはビジネス情報誌もありましたから、簡単なマナーも教えたりしてみました。

もちろんネットにもたくさんの情報は溢れています。時々ビジネスサイトを気取ったホームページやブログで私たちが叩き込まれた公式文書とは異なる間違ったお手紙文などを発見して驚きますが、それを訂正する術はなく、もともと意味フな文語体が変化していくのもまた時流なのかもしれないと思います。手紙に限らずマナーは不快でなければいい、その程度のスタンスです。

でもとりあえず、対面でその人の形に合わせて美文字指導をし、知りうる限りのマナーを指導できるのは大きな喜びにつながりました。

もともとは、ある小学校の先生がプライベートレッスンを取られたことがきっかけでした。賞状に名前を書かなければならない。少しでも上手に書きたい。

そこで「天」流・速習メソッドを使いました。

ひらがなを分類し、同種類ごとにうまく見える癖を叩き込みます。

よく使う漢字の部首のコツを叩き込みます。

中心線と漢字の関係と右上がりに書く指導をすると、90分で多少の効果が目に見えてきます。

その方からの広がりで、プライベートレッスンでお礼状をマスターしたいという就活生がきました。

何がなんでも名前だけは上手に書きたい。履歴書をきれいに書きたい。そんな課題のお手伝いは責任重大ですが吉報が届くととてつもない喜びも共有でき、とてもありがたく思いました。

じっくりご自身の課題と取り組めるのがプライベートのペン字レッスンの強みです。就活生には簡単なマナー講座もセットにして、個別宿題ドリルもつけちゃいます。どうぞプライベートレッスンをご用命下さい。嬉しい春がきますように。

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あけました

謹んで新春のお慶びを申し上げます。

といっても明日は成人式、明後日から新学期です。早いなあ。成人式から33年もたってしまって、・・・いやそこを基準に話を進めると悠久の歴史っぽくなってしまうので、「年末年始いかがお過ごしでしたか」ぐらいからこっちの話で光陰矢の如し。

年末は小学校の書初め指導に、学童さんの書初めワークアウト、さらに書初めプライベートレッスン・・・と、とにかく書初めづいておりました。

書写はお手本に寄せて書いていくものですから、お手本の見方と模写の仕方をお教えします。みんなするする上手になっていくのがとてもうれしい。

そしてそのまま今年は実家に帰らず、タイのバンコクからの旧友一家をお迎えしてディスカバージャパンのニューイヤーでした。

渋谷から六本木界隈をバスで駆け抜け、新橋から浅草寺に行き、仲見世やデパートで買い物三昧。花やしきやマリカーをチラ見しつつ上野公園目指して聚楽で食事をしてから、動物園博物館全部クローズでがっかりし。

ゆっくり谷根千を巡ってからの青の洞窟イルミネーションからの渋谷ハチ公前、センター街。怪しげなお寿司屋さんにも入ってみた。

アニメの聖地・池袋からの、Kポップ女子たちは新大久保でサムギョプサル。その間私は礼拝に出かけ、夜、藍屋でごはん。書道レッスンののち、ご近所に除夜の鐘を打ちにでかけ、家族全員でカウントダウン。

日枝神社に初詣をし、元旦にお昼寝してから吉祥寺で炉端焼き。

原宿竹下通りと表参道の屋台で人波を満喫し、猫カフェまで行っての中華料理。子供達は水族館へ、大人たちは東京駅へ。生まれて初めて獅子舞に頭をかじられて大興奮する日本人の私。一緒に巨大なケーキを食べ、そしてお見送り。

異邦人の目線で見るニッポンは、とても興味深かったです。

日本文化に関する不勉強は反省課題、情報収集の未熟さも成長課題だけど、とにかく笑い転げて過ごした数日間でした。いやもう、毎日とっても楽しかったのよね。もっとこれを見たい、あれをやってみたい、そんな思いが膨らんで好奇心の塊と化した新春でありました。

見えているようで見えなかったものが見える瞬間。

書の気づきにもよく似ています。

今年もそんな瞬間をたくさんたくさん発見したいと思いました。

▼これは学童さん、高学年クラスのワークアウト。

この後特大の紙にリレー書道と「願い」を寄せ書きしました。楽しかった。

書道キャラバンはお呼ばれすればどこにでも行きます。お声をかけてくださいね。

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