かくありたい

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私が高校生の頃には、聖子ちゃんカットをバッチリ決めて、ブローに三十分かけていました。

思えば、日本中の女の子が聖子ちゃんカットでした。顔の造作を選ばず、万人に似合う、という素晴らしい発明だったと思うのよ、あの髪型は。今でも卒業アルバムを見ると、女子が大半同じ髪型で、聖子ちゃんのジャケット写真のように上目遣いにはにかむ表情をしていて、笑えます。ちょっと明菜ちゃんが入っているヤンチャな子は、制服の袖をまくりあげたりしていました。

私は卒業アルバムを撮った新緑の頃には恋をしていて大変に幸せな毎日だったので、もはや聖子ちゃんを模倣する必要もなく、写真ではなんか一人だけすっごく楽しそうに笑っていて明らかに浮いているので、アルバムの写真は封印していて、先日見てびっくりした、という話なんですけれどもね。

いや、そういう思い出話をしたかったのではなく。

「誰かみたいになりたい」という模倣から始まって、でも自信がついてくると、それがだんだんオリジナルになっていく。という過程を、一番わかりやすく説明するなら聖子ちゃんカットかしら。という感じだったもので。でもこれ、40代限定のお話かもしれないわ。

今どきの子たちは選択肢も多いのか、はじめからバラエティーに富んでいる。それでも最初から完璧に「自分色」という子はおそらく稀で、やはり最初は「型」があるように思います。

「型」といえば弓道です。

っていうか、もう弓道が好きすぎて、それ以外のことを考えるのが難しいの。先日は、ある書類を提出しに行ったんですが、一時間かけて足を運んでいざという時に、その書類を忘れてきていて・・・。なのに、射法八節が書かれた紙はいついかなる場所にも忘れたことがない、という。

ワタシ的には人生史上三大ピンチに数えてもいいその忘れ物話をふくらませることもできるのですが、そんなことよりも弓道です。はい、正直ちょっとおかしいです。これは圧倒的に「恋」に近いから、ごめんね。

弓道を始めておよそ一年がたち、現在生涯的中数が51本です。矢が、的に入った数ね。

家に大木のシールを貼り、一本あたるたびに葉っぱを一枚ずつ茂らせています。まだ、晩秋みたいな寂しさだけど、いつかコレをワサワサに。お手本は、ルーニーの植毛。

51本の分母は、今の平均的中率18%から逆算すると・・・いやいや、初的中まで全くあたらなかった時期もあったわけだから・・・。とか考えると、トンデモナイ射数。とにかく、四本全部当たる皆中なんて久遠の夢だということがわかります。中高生の部活を見ていると平気で当てているけどね。心の底から、マジ心の底から尊敬します、若い先輩方。

応援だけしていた頃には、一本外すだけで「なんだよ、あと一本当ててれば!」とか「四本目を抜くことをチキンっていうんでしょ〜」なんて弓道部の子どもたちと一緒になってわかったようなことを言っていたのですが、やってみると一本の重みがもう全然違うということに気づきます。なにせ、四本持ってて、まず一本も入らないことが多いわけでね。あの頃の非礼をお許し下さい、若い先輩方。

まだまだ初心者の私は、まず「型」を入れて、それを忠実になぞっていく。これが現段階でできる最良のこと。私の中に住んでいる心の恋人「ハッセツ君」は、むっちゃいい声で射法を囁き続けてくれています。暇があれば諸先輩方の動画を見て、研究、研究。青春です。よみがえる、青春です。聖子ちゃんカットをキープするための時間ぐらいはたっぷりかけて「ハッセツ君」のことだけを考え、ゴム弓を引いたり、体幹トレーニングをしてみたり。

型が体に染み込んだところで、オリジナルの引き方になっていくことはその性質上、まずないのが弓道ですが、自分なりの工夫のしどころとか、自分なりの挑戦が出てきたらそれが一歩階段を上がった証拠なのかもしれません。

先日、コーチに背中を押されて、一緒に射会に出ました。

デビュー戦です。

すごい無謀なチャレンジ。

四本持っても一本極稀にあたるかどうかなのに。でも出てみて良かったです。高段者と並んで引くことなどまず滅多になく、勉強になりましたし、巻藁練習し放題、それも緊張感を持ってやれるからグッとうまくなった気がします。

そして初舞台の結果は「はわけ」でした。上出来すぎるほど上出来です。

それはそれは夢のように楽しかったのですが、いや、どうしても言いたいことはそこじゃなくて・・・。

「またかい!」というツッコミはさておいて。

初試合なので、私は前日一時間だけ練習に行く宣言をしたんですね。そうしたら、弓仲間がじゃあ私も僕も、と練習に付き合ってくれた。

もちろん練習当日、私は余裕をもって出発。余裕がありすぎたので相方を車で送ってあげるよ〜と駅まで乗せていった。それでももちろんそこから弓道場まで余裕で着くはず、だったんです。

ところが、いつもと違う細い道に入り込んだら、信号が三回変わっても動かない。横の一通やら住居者専用道路から、ちょろちょろ岩清水のように湧いてきては、私の乗っている一車線に合流してくるわけ。

全く動かないので、左に寄せて(寄せたところで追い越せないが)ハザードランプ出して、「少し早く着くはずがすみません、ジャスト着ぐらいです」みたいに音声でラインに書き込む。

それが、ちょっと遅れそう、あれれ少しかかっちゃうかも先に受付を、変だなまるで動かない、なにこれすでに相当遅刻じゃん、先に引いていて・・・って言っても弓を貸す約束をしている人は、何もやることがないまま弓道場で待っているわけだよなと思うと恐縮すぎて、やがて書き込みは、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい・・・もうね、半べそですよ。グーグルマップを頼りに抜け道を使おうとしたらさらにドツボにハマってさあ大変。

結局四十分遅れ、私一人だったら諦めて帰ったけど、弓仲間はわざわざ遠隔地から来てくれているわけで、駐車場から道場まで走りましたよ。

するとずーっと待っていてくれた男子が、「大変だったねー」と笑顔で走ってきてくれて、荷物をもってくれる。弓を貸すと、すぐに準備をして巻藁に入る。文句ひとつ言わずに。

大事なところなので、もう1回言っておきます。

笑顔で。文句ひとつ言わずに。

あたしさ、泣きそうだった。申し訳なくて、同時に感動して。そしてマイ弓で練習できていた女子の方が、「私はもう十分引いたから」と一気にテキパキ片付けて、「あとはゆうこさんのサポートに徹する」と矢取りから蚊取り線香番から終了時用の掃除から、全部やってくれる。申し訳なくて、その応援っぷりがまた海千山千の連戦を共に応援してきた弓道応援団ママ、戦友! って感じで、嬉しくて、やっぱり泣きそうだった。

管理人さんのご厚情で、18本引いて終了。その後片付けの早かったこと! 

練習が終わって、私は彼らのようにできるだろうか、って、考えたんだ。長距離やってきて、あれだけ待たされたら、私ならどんな態度を取るだろうって。

射の道は仁なり。というけど、本当にその通りです。彼らの高潔な言動に、「翻って私は仁を心がけているか」と、何度も何度も自問自答してしまいましたよ。

かくありたい、と思えるような友人がいることの幸せを、思いました。

若い頃、ヘアスタイルやファッションにおいて、かくありたいと思うのはテレビの世界のアイドルだったり、本当にもう遠い雲の上の人ばかりだったけれど、今は生き方において、かくありたいと思える仲間たちが実に身近にいるわけで。そういう人たちと遊んで、語って、同じ目標を持って邁進して。それって、サラリと言ってる割には結構スゴイ幸運なことのような気がします。だって、アイドルが隣にいるようなもんなんだよ。

そういえば、私の弓仲間は、お嬢の部活仲間の親たちということもあって、大変に個性的で突き抜けてて自尊心が高くて、話し上手で一芸に秀で、程よく上機嫌です。それぞれ放っておいても楽しく生きているから、一緒にいてさらに楽しさが増していく感じ。まさしくおとなになってからできた部活仲間。そのこども先輩方とも、これから大人同士の付き合いになりそうな予感。やだもう、期待しかないんじゃない? こういうのを希望っていうんじゃない?

PTA仲間にも尊敬する仲間がいて、ご近所にも素晴らしい先輩がいて、昔のテニス仲間は飲み仲間とすっかり形が変わったけれどもそれぞれにかっこよくて、サッカーママ仲間には理想の母が何人もいて、仕事、サークル、ボランティア・・・幾つもの所属団体には、必ず「近い」ところに憧れの人がいるよね。今。ああ幸せ。

まあ、それだけ私が足りないということなんですが、そんな壊れかけの私と付き合ってくれるという福祉の心まで持ち合わせている優しいお友達という見方もできちゃうのよ。得難いですよ。なのに、こんなにたくさん一緒に時間を過ごし、かくありたいと思わせる友達がいるって!!

ちょっとそんな幸せを、声高に言ってみたかったのでした。