と、小一に聞かれた。
いやもうこれ以上大きくなったら困るな、ドアにぶつかっちゃう。と思ったけれど、そういうことではもちろんない。
「◎◎ちゃんさあ、鈴木さんはもう大きくならない気がする......そうそう、◎◎ちゃんは大きくなったら何になりたいの?」
「まだ決めてない。鈴木さんは?」
そうだなあ、将来の夢は何かなあ、と思ったとき、目の前に浮かんだのは「旅人」だった。......ナカタみたいじゃん!
必要なのは体ひとつで、歩きやすいスニーカーと小さな旅行鞄一つで、今ならあとはiPadとパスポートがあればいいな。
知らない町を歩いて、空気と光を感じて、地元の食べ物を食べて、できればその土地の誰かとしゃべって、たくさん発見してたくさん驚いていたいなあ。
と思ったので、
「外国に住むことかなあ」
といってみた。すると小一が
「そっか。それが鈴木さんの夢なんだね」
と言うので、そうか、私の夢は外国に住むことだったのかと改めて思った。
日頃はあまり考えない。
いざ海外にお引っ越しをすると鳴れば大変すぎて、ちょっと躊躇もするだろう。
でも、今こそ「夢」と公認された暁なのだ。
ほかの難攻不落な夢に比べたら案外簡単にかないそうなのだし、夢に向かって邁進するというのも悪くないのかもなあと思ったりした。
じゃあ、手始めにどこに? そうだな、どこにしようかな。
思えば、子ども達の応援にいろいろな場所にいって、国内旅行も十分楽しかった。
ちゃんとした家族旅行というのはただの一度もなかったけれど、私は何かのついでにひとりで町歩きするのが好きなので、不足はない。
相方の実家に帰省する事も多かったので、伊豆の日帰り温泉を制覇していくのはコレクター魂を刺激されるようで楽しかったし。
今年の夏はお嬢とふたりで過ごす時間も多く、外食するレストランもちょっとした旅気分でいろいろな話ができたのがとてもよかった。
愛車「小百合」は、20年前に誕生した車だからすでに人目を引くかっこよさはないけれど、中高年っぽい、ほどよい艶と形が気に入っている。小百合で、ドライブすることも大好きだ。
なんかさ。
今のままでも、ちゃんと「旅人」な気はするんだよなあ。夢は、手の届くところにあって、毎日適宜、愛でている気がする。
明日から、弓道の応援で栃木に入る。
大会は土日なのだが、金曜夕方から栃木の友人と飲み会だ。
そういえばおとといの山梨遠征では、一人で「こりゃなんだ!」という場違いな象牙の印鑑の殿堂に張り込んでしまいながらもしっかり目的のマンモスの牙に触って、すぐご近所の博物館で考古学をじっくり学んで、お土産はガチャポンでビーナスのはにわをあてて、長谷部のように「みたま温泉」で一人温泉して、ものすごく幸せだった。
日本一の桃の里の桃は、超絶美味しかったし。
「おかあさん」という仕事って、滅私奉公だけど、かなり幸福度の高いいい仕事だなあとしみじみ思う。
「鈴木さんは、小さい頃、大きくなったら何になりたかったの?」
と小一に再び質問される。
「うーん、そうだなあ。覚えているのはドレス着たおよめさん、先生、オリンピック選手、弁護士さん、漫才師さん、ラジオのDJ、脚本家さん、舞台の関係者、ジャーナリスト、雑誌のライターさん......で、最終進化形はおかあさんかな」
「えー。その中で一番なりたかったのはどれ?」
「んー。おかあさん、かなあ」
「ええええー、鈴木さん、おかあさんになりたかったの?」
「そうだね、鈴木さんはおかあさんになりたかったんだよ」
私にもいろいろな夢はあったけれど、全身全霊で泣きながら願った「なりたいもの」はただひとつ、「おかあさん」だったように思う。子どもを亡くしたときだったけれど。
確かに、私は夢を諦めなかった。お嬢と小僧が鬼軍曹として私を鍛え上げ、おかあさんにしてくれて、本当によかった。
お嬢のお顔立ちがぶさかわ系でも、小僧が中二病でも、それを憂いたら罰が当たるね。
「じゃあ、鈴木さんの夢はかなったんだねー」
そんなことを日常の中で当然意識することはない訳だが、今こそ私は「夢が叶った人」として公認された暁なのだった。それはね、ちゃんと小一にも伝えなくちゃね。
「本当だね、◎◎ちゃんの言う通りだ。大きくなって夢を叶えて、幸せ者だな、鈴木さん」
なので、
今度は、どっちかというともう一回り小さくなって、大半のお洋服を破かないように気を使いながら着脱しないですむようになる夢を掲げて、その夢を叶えてみようかなと思った。