ひたすら英語を聞きまくる、聞いて聞いて聞いてセニョリータ、ああその単語はスペイン語ね、ぐらいの区別もできるようになるのがヒヤリングマラソン。
始めたのは、おそらくまだアメリカには行ったこともない時分で、だからアリゾナがどんなところなのかは全く知らなかった。
いや、今だって知らない。
アリゾナに行く機会は市井のおばちゃんにはなかなか訪れないものなのだ。
でも、きっと死ぬほど暑いんだろうなトタン屋根で猫じゃ猫じゃを踊るほどに、と勝手に想像しては、東京まだマシかも!と思うことにしていた。
正確には逆だ、東京の夏が暑いときに、いやアリゾナの夏に比べれば。と思った。
向こう三十年ほど、毎夏思っているのだから、おそらく何千回も真夏のアリゾナを想像していることになる。
アリゾナにお住まいの皆様、ごめんなさい。偏見なんでしょうけども、私にとっておかげさまで「アリゾナの夏」は日本の夏・金鳥の夏以上に、身近な夏です。
20年前にアジアを放浪していたとき、相方がインドに行きたいと言った。
カルカッタなんか、いいんじゃない? と軽い気持ちで誘われても、藤原新也の「メメントモリ」を愛読していた私には覚悟がなかなか決まらなかった。
インドには呼ばれていないと行けない、という勝手な思い込みもあって、インドに行った友人達の強者ぶりを見ていれば、私は呼ばれていないのだろうと勝手に思い込んでもいた。
「大丈夫だって!」
相方が根拠なく誘う言葉は軽かった。だいたい、香港ですら下痢で病院送りになったおなかの弱い相方が、インドになんか行けるはずがない。
インドにお住まいの皆様、ナマステあんどごめんなさい。偏見ですけれども、インドのカレーはとっても辛くて、おなかには優しくないと思い込んでいます。インド料理店にはよく行くんですが。
結局、1993年のカルカッタの夏は50度を超える猛暑で、実際に人が亡くなっているというニュースを灼熱のバンコクで見て、計画は陽炎のように消えていったのだった。
連日、TOKYOも暑いです。
でも、夏はこうじゃなきゃね!!とも思う。
もう夏に海外旅行を考えることはなくなって久しい。暑い芝生の上で、球を追って駆ける小僧の姿だったり、木陰の涼しさが愛おしい弓道場の静寂と心に秘めた熱さがジリジリ伝わる弓の闘いだったり。
私の夏は「応援の夏」だ。
毎年、今その大会に臨む子ども達の勇姿を見るたびに、ここまでご指導くださった方々に本気で感謝する。仲間の言葉に涙する。下手な小説より何倍も何倍も、泣けて笑えるストーリーがある。
私には見えなかった景色を見ている子ども達の目を通して知る、たくさんの事が興味深く、サポーターでいられる夏を嬉しく思う。
真夏のアリゾナよりあつい、親心。
でも・・・それも一人分は今年までなんだなあ。
8/7-8 東京武道館での全国高校総合体育大会、いわゆるインターハイ個人戦と、8/23-24には東京代表として、長崎がんばらんば国体出場権を賭けてしのぎを削り合う関東ブロック大会が、この夏のメインイベントだが、高3生のお嬢はその国体をもって受験に突入していく。
どっちにいっても第一志望というほど気に入っている志望校二校、どっちにいっても家を出て行くことになる。そして私は、もう弓道大会にこんなに応援に行くこともなくなる。
二校のどっちに呼ばれているのかはわからないが、まあどっちにしてもお嬢の運命だし、どっちにいっても未来は明るい。
弟がたくさん賞状やメダルをもらってくるのを見て、ずっとずっと、うらやましかったんだ。
と言っていたお嬢が、最後の大きな大会で、大きな賞状と大きなメダルをもらえますように。と、願掛けに行こうとして、ちょっと違うかもなあとふと思う。
実は「優勝したいだろう」こそが偏見で、弓道はもっと全然違うものを求めていく競技なのかもしれない。素人なので、よくわからないですけれども。
「この一本に命をかけて、自分の想い描いた所作で弓を引く」・・・・・・結果はどうあれ。
中っても、納得のいかない射ではだめなのだ。逆に、中らなくても満足のいく射があるという。
ただし、正しい射であれば、必ず中る。という言葉もある。正しさを自分の中で何千、何万回も問いかけるのが、弓の道なのだろう。
本当の意味の勝利が優勝とは限らない。
選手自身が多分そう思っているのだから、私は勝敗には何も言わずに最後の夏を見守るだけだな。
で、来年からは賞状やらメダルにちょっと縁遠くなっている小僧の応援に切り替えていくことになるのだろう。
その小僧の応援もあと4年後には最後の夏を迎えるわけで・・・早いなあ。月日が経つのは本当に早い。
そうしたら、相方と本当にカルカッタに旅行するのもいいな。アリゾナにも行っちゃうよ。
夏は、あつくないとね!