オレオレ詐欺

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久しぶりに事件ですよ。
昨日、私の携帯の着信音「太陽に吠えろ」が鳴ったのは午前10時半だった。
実家の母ヨシコが、今日は福助(仮名)の学校がお休みなの?と聞くので、なんだそれ?と聞き返す。
「さっき福ちゃんから電話があって、今日学校がお休みだから、アルバイトで近くまでくるっていうんだけど
順を追って話してもらう。

一時間ほど前、一本の電話があった。

「おばあちゃん?オレだけど」
若い男の声。雑踏の音。
母ヨシコはてっきり福助だと思いこんだ。
四人の孫のうち、声変わりしているのは三人だ。そのうち二人はご近所に住んでいて、しょっちゅう会うので耳のいい彼女が聞き間違えることはない。
親しげに電話をかける若い男性は、福助しかいなかった。
「あら、福ちゃん?どうしたの、こんな時間に」
「福だよ、おばあちゃん、久しぶり。元気?」......その辺はいつもの福ちゃんだったというが、それは「はわゆー、あいむふぁいんさんきゅーえんじゅー」みたいなものである。

「オレさ、今日学校休みなんだ。で、バイトでおばあちゃんちの近くに行くから、あとでちょっと寄ってもいい?」

正真正銘オレオレ詐欺のイントロっぽい。ばあちゃん助けて詐欺に展開しそうなにおいがぷんぷんする伏線だ。

何いってんの、あんた中学生でしょ? アルバイトって何、どうしたの?」

と言ったら、電波の状態がよくないから、とにかくまた後で電話かけると切れた。

ファインプレー。あんた、中学生でしょ。には、相手だって驚いたに違いない。晩婚で出産が遅かった、私も間接的にファインプレー......違うか
一人ぐらしの長い母ヨシコは、若い頃に詐欺に引っかかっている。それがいい薬になって、私がついうっかり無記名でアマゾンから送ったいかにも母の日のプレゼントの花でさえ受け取らず、アマゾンに問い合わせているような人だし、近所には弟一家も住んでいるので、その後、心配したことはなかった。

「それでね、福ちゃんからの電話を一時間ほど待ってるんだけど、電話がこなくて。何か知ってる?」
うん、電話はないだろうな。それ、福助じゃないもん。
だって福助、携帯持ってない。最低限の連絡がメーネできるようにカスタマイズしたiPhoneに電話の機能はない。
「え、そうなの?」
しかも、福助、今期末テストだもん。今頃、理科のテスト真っ盛り。
「えええ、そうなの? 休みじゃないの?」
さらに我が家はバイト禁止だもん。部活して勉強して、そこにサッカーだの弓道だのやれるはずないじゃん。
「だよね、そこはね、変だなあとは思ったのよ」
多少変だなあとは思っても、孫からの電話の嬉しさで、人の心は整合性をはかる。電話があったらいいなあという想いが、立ち寄ってくれたら嬉しいなあという気持ちが、多少の矛盾を見えなくしてしまう。
それは、オレオレ詐欺だね。引っかからなくてよかったね。
「やだもー、怖いわね!」
世間話を一通りして、電話を切ったけれども、人の心根の一番柔らかい優しい部分を食い物にしやがって、と、私は電話をかけてきたその若い男性に無性に腹が立った。
福助が大学生だったら、実際にバイトをしていたら、母ヨシコはだまされてしまったかもしれない。
電波が悪くてかかってこなくなった電話には、本当はどんなストーリーが用意されていたのだろう。
どんな演技力で、仕掛けにきたのだろう。

その才能を、なぜ人を喜ばす方に使えないか!


母ヨシコの国民年金は基礎年金額だけ。月額六万ちょっとしかない。70過ぎても、彼女は病を押して働く。それは、働く者は尊いという信念と、私は自立しているという自尊心に支えられて、だ。
そんな人からなぜ搾り取ろうと思えるんだ。無慈悲にも程がある。お前が働け!
犯人になって捕まる前に、才能豊かな詐欺集団の彼らが自分たちの才能の平和利用に気づきますようにと、祈らずにはいられない。

一連の話を聞いて、驚いたのは福助だった。
突然自分の名前が語られたのだ。自分への愛情を担保に、おばあちゃんが窮地に至ったかもしれないのだ。それは怒る。怒っていい。
福助がおばあちゃんに電話をする。
「もしもし、おばあちゃん? 福助だよ。話、聞いたよ。オレは、電話をするときには絶対に先に名乗るから。オレだよ、と電話をすることはないから。それから、二人だけの暗証番号を決めておこうぜ」
というので、ええーっとそれは合い言葉かな、番号じゃわけわかんないよ、と遠くから叫んでみた。
山と言えば、川。山川と言えば、豊。みたいな。
でも、ずんずんずんずんどこ、といえば、きよし!みたいな、わかりやすいのだとダメだし、ブラジルセレソンとか言ってもおばあちゃんがわからないし。
ふたりでごちゃごちゃ、ああでもないこうでもないと話して、ちょっと素敵な合い言葉が決まったようだった。
無慈悲には慈愛で対抗する。
いい考え方だと思う。