ドーハの悲劇は、新婚旅行のプーケットで見た。オフサイドの意味もわかっていなかった。
フランスのワールドカップの頃には、中田がもっとたくさんいればいいのに。と相方に言って、軽くひんしゅくを買った。
やっと小僧がサッカーに目覚めて、日韓共同開催のときには、家族全員分初めて青いユニフォームを買って、それを着て全試合応援した。
ドイツの時には全試合をDVDに落として、小僧は何度でも見ていた。将来、青いユニフォームを着る気、漫々だった。
南アフリカで思い出すのは、ブブゼラの音。弾丸ツアーに出かける友達を心からうらやましく思っていた。小僧のサッカーもますま意気盛んで、私もできる限り応援にでかける日々だった。生で見るサッカーは、アマチュアでもプロでも面白さがちがうと思った。球を持つ選手以外の選手の動きが、追えるようになってきた。
そして、ブラジル大会がもうすぐ。
小僧は相変わらずサッカー一色の中学時代だが、すでにお仲間には本当に青いユニフォームを着ている子もいるから、以前のような勢いはないように思うのは気のせいか。
自分の試合にも、応援にこなくていい、と言われるお年頃になった。
それでも、このワールドカップを待ち望む気持ちは随所に見受けられ、細かい情報を、実によく知っている。
サッカーは、「彼のスポーツ」だからだと思う。
下方修正しながらも、将来はサッカーに携わる職業につきたいという夢は全くブレていないみたいだ。
将来の仕事とは別に、じじいになっても一生サッカーをやり続ける、という夢にはますます磨きがかかっている。
高3の姉が、サッカー一部リーグの大学を調べて、自分のついでにパンフレットを取り寄せ、小僧の机の上に置いていた。
あ、小僧がそれをパラパラ見ているではないか。
いいぞ、文武両道をめざせ!と、母は柱の陰からそっと見守ることにする。
大学進学、という単語が発想の中になかった、まさしくサッカー脳だった彼に芽生えた新しい道。それは可能性でもある。
人は挫折で強くなる。サッカーが、彼を大人にするのだ。
今、サムライたちが日本の裏側で準備している。
それを私たちはワクワクしながら待っている。
サムライたちの活躍の一端を担っているのは......日本サッカーが強くなったのは、それこそ、少年少女達の頑張りに寄るところが大きいと断言したい。
雨でも嵐でも、灼熱でも零下でも、ライバルと削り合いながら、笑いながら、泣きながら、信じられないほど厳しい練習をこつこつと続けている大勢のサッカー選手の頂点に、今回のザックジャパンがあるのだ。
選手を支えてきた家族も、またサムライジャパンに通じる支援団体の最小単位と言えるだろう。
そうだ、そう考えれば、私もチームジャパンの一員なのだ。末端の末端の、末端だけど、一員は一員だ。
どん欲に楽しもう。
心から応援しよう。
頑張れ、日本。
一生に一度の90分を、まずは三回も見られる。ああ、幸せな六月だ。七月も続けば、もっといいよなあ!!