その条件をクリアする物件を見つけて、全く未知の新しい土地に引っ越していくというのはなかなかの冒険ではあるが、その友人ならあっという間になじむんだろうなということは想像に易く、またその想像は当然のようにあたっていたのだった。
人間処到青山
青山墓地にも公開抽選会があるよという意味ではなく、どこだって骨を埋めるせいざんはあるんだから志を高くもっていろいろなところにレッツゴー!みたいな意味だったと思う。
若い頃にしみこんだ言葉って割とその後の人生を左右しちゃう気がする。棚から牡丹餅とか。果報は寝て待てとか。いや、そういう言葉しかしみこまないのかもしれないけど。
私もかの友人のようにどこであっても案外うまくやっていける気がするので、このままずーっと世田谷で過ごすのではなく、いろいろなものを何でも見てみたいという情動に突き動かされるときがある。
昨日今日は私立中学の入試日。
自分の子どもたちのそれぞれの様子を思い出したりもするのだが、志望校選択は当然通いやすいところであって、私たちが動くというのはつゆほども考えたことがなかった。
しかし来年中学受験を控えた別の友人は、学校次第では家族で引っ越してもよいと考えているという。
「その方が選択肢が広がるから」
ときっぱりと言い切った姿を見て、そうか、そういう考え方もあるよなと思った。
葬式ごっこをしたのされたのではなく動く訳だから孟母三遷とはまたちょっと違うけど、これも漢詩にできそうな親心だ。
今や不動産のサイトにはシミュレーターまでついていて所要時間が明示されるし、路線図を検索するサイトに行けば、どこの電車でどんな乗り換えをすれば最も早く、安く行けるかもわかる。
お嬢は第一志望を私立に切り替えた。
最寄り駅は・・・活動場所は・・・。
定期代、とんでもない金額。
合格したらそりゃもう経費だの授業料だのがたっぷりかかるんだし、おとうちゃんに頑張ってもらうとはいえニシンが大漁だとカモメが鳴くのもそう何年も続かないから、女子学生会館だの寮だのは無理に決まっている。
18歳から一人暮らしをさせるとして、四年間でいくらかかるの?
月額賃貸料三万以下の物件を探すとまたびっくり。首都圏にはそういう物件はほとんど存在していないじゃないのさ。
小僧はもともと電車通学が大好きだし、お嬢一人で家を出るのではなくみんなで一緒に引っ越すのもいいよね。
正直どんなきっかけでもよかったんだと思う、それを口実にして、しばらくは大好きな不動産物件探しやっていた。
理由があると、「趣味だけど趣味じゃない」みたいな言い訳がきくから、それはそれは大手を振ってiPadミニで検索し放題だった。
期間限定で賃貸物件に住まう。
せいざんならぬ青山はどうだ、憧れの都心に住んでみたかったんだ。
新大久保時代は楽しかったし、新宿エリアは暮らしやすいんだよな。
今の仕事を考えると、海沿いの都市部も捨てがたいな。オリンピックもくるし。
いっそ神奈川まで行ってみるのはどうか。中華街って住みやすいのかな。
江戸時代の時代考証が大好きな者として、浅草界隈に住んでみる経験は必須だよな。
私が大学にもどるならここ、趣味の落語ならそこ、小僧の学校に近いと言えばあっち、相方のオタク魂はやっぱりあの辺りで・・・。
お嬢、そっちのけで。
しかし、だんだん元気がなくなるのよね、私。
みんな実に高い。
高すぎて手がでない。
公団公社ですら四人で暮らせそうな物件は平気で15万20万越えの家賃が提示されている。
じゃあ今住んでいる家を処分すればいいのかもしれないが、もはや14年住んだふるさとを安く叩き売ってまで欲しいと思える家とは、簡単に巡り会えるはずもなく。
総務省のサイトに飛んでみる。
今から5年以上前、2008年の段階で空き家の総数は757万戸。757万戸おおおおおー!!と、大声で叫びたくなっちゃうよ。
空き家率は13.1パーセント、うち個人住宅でも270万戸が空き家ですって奥さん。トランクルームも増える訳だ。
道を歩いていたら、誰かが私に「空き家にタダで住んでくれませんか」と声をかけても罰はあたらない。それぐらいの可能性を思わせる757万戸という数字なのに、なんでこんなに高止まりしているんだろう。不動産。東京だけ、特殊なの?
区でボランティアをしていると「空き家活用」みたいな話も耳にするというのに、今日も新築物件は作りつづけられているんだよなあ。
住みたいところに住む。
これは文化的な生活を営む権利の一つだ。
でも、このおねだんじゃ住みたいところに住めないや。うまくはいかないものね。
うわーこれいいな古くて三畳だけど共有スペースに共同浴場がついてて山手線内三万円台!お嬢だけでもこんなところに住まわせたい、と思った昭和的公団は幻のレア物件で、激戦の抽選会に今や加わることすらできない。
若いお嬢はまだいい。バイトもできるし、四五日野宿したって、うちに帰ってくれば風呂も布団もごはんもある。
いや、自営の我が家は経済破綻しているかもしれないが、若ければなんとかなる。
でも・・・住みたい場所に住めない、家を持たないお年寄り(それは私たちの将来の姿かもしれない)、乳飲み子を抱えるシングルペアレントのことを想像してしまった。
いったい、どうすればいいんだろう。
生活保護は東京23区の場合約六万円が家賃補助だと社会保障論でやったけど、六万という大金を支払ってなお、湯船のない小さなワンルームになっちゃうんだと実感する。
国民年金も基礎年金だけで家賃分とほぼ相殺では、23区には住めない。
困った人がそこにいけばとりあえず暖かく眠れて、とりあえずお腹いっぱい食べられる場所があったらいいのにと思う。
そうしたら、食い詰めちゃった自営業にも安心だし、疲れきった学生にも若い親にも、保険になる。
昭和のレトロ公団の物件みたいに結局運のいい人だけがずーっと独占できるシステムではなく、一晩限定でもいいから。
本当に困ったときに駆け込む安全な場所って、寡聞にして知らない。
民間企業がコラボすれば、自社製品の提供で作れそうな気がするんだけど。
DVに悩む人の母子寮が隠密裏に結構な数できているのは喜ばしいけれど、特養だけでなく元気な爺婆寮や、学業やらバイト疲れしている学生寮、託児所のある父子/母子寮なんかもあればいい。
なんとか片手間バイトでも基礎年金だけでも、雨風だけはしのげるような安い集合住宅が都内各所にあれば、ちょっと安心する人も少なくないんじゃないかなあ。
妄想は現実の壁に阻まれて終了し、鈴木家の引っ越しは断念。お嬢は来年の三月に進路が確定してから考えよう。
準備は大事だけど、今の学力の伸びも、経済状況も、健康も、自然災害も、現状と全く同じ状態が来年の三月まで約束されている訳ではないのだし。だからこそ、今日一日一日を大事に過ごさないといけない。
とりあえずは、ここに住む。
まずはリビングの掃除かな。今日は。うん。