限界集落温泉(ギリギリ温泉)の舞台にもなった、相方のふるさとへの帰省をする鈴木家一同。
実家は山の中腹にある。そこに着くまでに、耳抜きを二回もしなければならないほどの高低差その道は富士急ハイランドのマッドマウスよりも恐ろしい急勾配と急カーブなのだった。
一歩間違えたら、谷底へ転落する。ガードレールの代わりにあまり意味なく水仙が咲き誇り、カーブミラーは基本役に立たず、途中途中にどう反応したらいいのかわからない方言の標語が書かれたボードが点在している。
事故防止のためのものが、よそものにはうっかり事故誘発になりかねない軽妙洒脱な標語は、新年を迎えて刷新されてもいたのだった。
紅白ですでに泥酔していた相方は、新年明けたらみんなで山頂の祠へ行って「ほらを吹こう」と誘う。いつになくしつこく誘う。
ほらを吹いたら、きっといいことが。
そんな気もして、元日にはほらを吹きにいくことに決定した。
元旦、お嬢は早速朝練に。
「おかあさん・・・この弓道場・・・何・・・」
と泣きそうになっているお嬢越しに見る下田高校の弓道場はとてつもなく立派だった。
射場のシャッターをあけてもらうと、立派な安土の横には看的板がある。
道場は六人立ちができて、いつでも試合ができる。巻き藁も、戦略会議用のでっかいボードも、弓や矢もずらっと並んでいる。
ヒーターをつけてもらって、畳の上に座る。
「すみませんね、朝は寒くて」
と、高校の先生兼義理の甥が開けてくれた弓道場に、お嬢は半分泣き笑いで
「いえ、ありがとうございます、床があるんですね、すごくうれしいです。床、いいですよね!」
と感動しているのだった。
お嬢の高校の弓道場には、床がないからなあ。
つい最近まで屋根も壁もなかったことを思えば、顧問の頑張りには頭が下がるばかりだし、お嬢の高校は悪天候や極寒と酷暑に異様な強さを発揮するから、それはそれでいいのかもしれないが。
さて、80射につきあって、帰宅後、お正月だというのに早くもカレーを腹一杯に詰め込んで、着物姿にブーツという出で立ちで向かった先は、山頂の祠。
そこで私の見たものは・・・・【全然あらすじじゃない、あらすじ終わり】
道を下り、集荷場へ出て、また道を上っていく。
「ここからは階段だから楽だよ」
と言われるが、いったいどこのどなたさんがこの階段をおつくりになったんだろうという急勾配の階段を、感心しながら上ってその感心が軽く恐怖心に変わる頃、見上げた先には石で作られた立派な鳥居が。
新年らしく、松飾りまで着いている。
石階段がとてつもなく高くそびえる山に続いていた。
ねえ、ここはチベットなの?
フルマラソンを走れる相方と、かつては東海代表の卓球少女の姪と、体力だけはとてつもないサッカー小僧と根性だけはとてつもない弓道娘は、スタスタと階段を上っていく。
私はかなり遅れて、階段を上りきりやっと鳥居をくぐったところで、またしても絶句する。
その先は、階段、と呼ぶには、あまりにもラフな石。
さらに進むと、階段、と呼ぶには、あまりにもラフな山肌を削っただけのむき出しの土階段。
杖を探してお遍路さんのようにさらなる高見を目指すが、いよいよ獣道のような道に出てしまって、もはや私には山頂を極めるのは到底無理に思われた。
和服は脇が開くのであまり汗をかかないはずなのだが、すでに汗、びっしょり。
でも、水も持ってきていない。これは、軽い気持ちで万里の長城や富士山に登って遭難するパターンなんじゃないだろうか。
竹林の前で、腰掛けるにちょうどいい石に座ったとたんに、私の尻からぎょわんと根が生えた。ジブリの映画のように。
「あとどれぐらい・・・?」
「半分まで来たって」
この先は、鹿でもなければ到底通れないような岩場の道のようだ。すでに生まれたての子鹿のような足腰でありながら、私は残念ながら、鹿ではなかった。
「みんな、先に行って。私はここで、みんなの法螺を聞く。そして待ってる」
一行が去ってしまうと、私は竹林の中に残されたのだった。
かすかに視界が開けている西側の山から竹林を抜けていく風の涼しさが心地よく、初めて聞く風音は耳に心地よい。
ただ東側は鬱蒼とした林がどこまでも続く、かなりドキドキする光景だったので、そっち側には背を向ける。
ああだからお花は太陽の方を向くのだわと一瞬思って、いや科学的にはちがうけど、と訂正する。
私は目を閉じた。
真っ暗な世界に、風音も凪いで、世界中に私一人だけのような感じがした。
すると、突然つぶったまぶたの奥の方が金色に光って、尻から生えていた根が体をふわっと持ち上げるというのか、私を包み込む感じになって、それが悦楽にも似たあまりの気持ちよさで、逆に怖くなって目を開けると、雲が切れて遠くの山に夕日が沈んでいくのを、竹が少しだけ邪魔をしてチラチラと光を当てていたのだとわかった。
多分、一瞬寝ていたんだな。おばあちゃんの居眠りみたいに。
でも、それはそれは不思議な感覚だった。
そのまま天に召されてもそれはそれで全然怖くない、そんな感覚だった。
何かを悟ったとか、超能力が備わったとか、指差す方向から石油が吹き出たとか、そういうことは何もない。
ただ、私がこの世に在るということは実はとても儚く、しかしこの世にないとしても憂うことではないのかもしれないなあ、とちょっとだけ感じたけれども。
この尻根岩(勝手に名付けているが)は、実は黄泉の国と交信できる場所だったりしてな。と考えて、笑う。
まわりはトリックの撮影場所かというほど風情が風情しているので、完全に雰囲気にのまれただけなのだが、きっと昔、人が自然と仲良しだった頃は、こんな不思議な脳内現象が、たくさんたくさんあったように思う。
ほどなく
法螺貝の音がうーんと遠くの逆方向から聞こえて来た。
竹林の間から天狗さんがひっょこり出てきそうないい雰囲気。
汗が乾いて、かなり寒くなっている。
もう目を閉じてじっと座っているわけにもいかないな、と、立ち上がってそろそろと下山を始めることにした。
すぐに相方と子どもたちと姪2が合流してゆっくりと山道を下り、相方の家まで帰った。
みんなは、祈りを込めてお社に納めてあったほらを吹いた。
だが、私は一緒に上ったとほらを吹くか、正直にまったくほら貝は吹けませんでした無理でしたと己の非力と肥満を報告するかしかない、切ない初詣になってしまった。
でも、この報告書はほらを吹いていないです。
このほらを吹きにいった先で出会った夢うつつがどう影響したのか、その晩見た今年の初夢は、飛行機に乗り遅れた夢だった。
まだ天上人になるには修行が足りないのかしらね。