それでもあのバッタの大群に襲われるような感覚から抜けられない。
父も母も自営だった。
なんとかなるものだという楽天的な性格は、遺伝と環境、2つの要因で強固に固定されているものの、実に怖かった。
止まっているお寿司を食べにいっても、多分来月食べるご飯には困らない。
そうは思っても、回るお寿司屋さんにしか行けなくなっている。
スーバーで半額シールが張ってあると反射的にカートに入れてしまうのだが、以前よりお財布に余裕があるため、ついうっかり食べきれないほど買ってしまって、食べきれずに捨てることになる。
前からずっと欲しかった服を買っても、多分来月路頭に迷うことはない。
なのについうっかり特価品に手を出して、あれ一枚で10枚買えるわと10枚買って、あふれる安い服の平成新山(注.我が家の洗濯物は堆積して山になる)に埋もれている。
ものがなくスッキリしていた時代は遠い昔。
今や捨てられなくなったゴミのような様々な雑貨や、恐怖心から溜め込んだ水や災害グッズや保存食が雑然と並ぶ我が家は恥ずかしくて、もはや誰もお呼びできなくなっている。
「贅沢の仕方」が、どこかで間違っているんだ。
これが「貧しい」ということなんだと思う。
身に染み付いた貧乏根性を、恨みに思う。
歌舞伎関係者の友人に誘われて、歌舞伎座に行くことになった。
着物で行く?と誘われて、嬉しくなる。
仕事で着る着物は、墨が飛んで汚れても子どもを叱らずにすむ安物ばかりだ。
(※以下の段落は着物ファンでないと意味不明な言葉で書かれていますので、興味のない方は基本すっ飛ばして下さい)
時にはつるつると着心地がいい絹物を着て歩きたい。
演目は「仮名手本忠臣蔵」。となれば、やはりそれにちなんだ色柄を選ぼう。
桐箱にしまわれている着物をチェックする。祖母の代からの着物はいいものが多く、小紋か紬か、帯はどうするか、あれこれ組み合わせを考えているとあっという間に時間がすぎる。
去年、義母からも譲り受けた着物があり、母はとっておきの何枚かを残して概ねこちらに送ってきている。
きもの道楽の三代目は洗えるポリ着物しか買ったことがないが、とんでもない量の和服が眠っている。それらに風を通しながら、アレコレ迷うのは「お金持ちの遊び」みたいで楽しい。
緋色の胴裏をつけた大島にしよう。身を挺してお金を作った女房の色香に敬意を表して、いつになく襦袢も派手にする。そのかわり、外向きは地味目に、帯揚げは黒だ。陣羽織を模して羽織を着るとしたら、羽織は黒、柄は雪景色を見立てたものがいい。
ところが帯がないのである。
霜月に合ういい感じの染の帯がなくて、塩瀬は母ヨシコの性格を写してごきげんな模様ばかりで忠臣蔵には合わず、唯一、多少ごきげんな色味の抽象模様の袋帯がこの大島紬の格には妥当かなあと思ったのだが、残念なことに全く好みではない。
好みでないものを着ていったら、その日一日がつまらない。
中古着物のサイトを見てみたが、何ヶ月の食費だよと換算したら全く手が出なくなり......結局、昔買った安物の細帯にした。白と銀の織に雪の結晶が刺繍してある。観劇なので厚みの出ない矢の字に結ぶ。
しかし、どうしたって帯がダサければドレスダウンしてしまうから、帯揚げをスカーフにし、帯締めを地味な銀と白と水色の細めに替え、羽織紐はアクセサリーを改造したものを付け直し、いかにも遊びで着ています的に足袋ソックスを履き、草履も普段の一番履き慣れた合皮の鼻緒が布の、安物にした。
なんのことはない、洗えるポリ着物が大島紬なだけで、あとは普段の和装と変わらないのだった。
友人のコーディネイトは実に見事だった。
泥大島には手刺繍が施され、柿色の道中着との色合いも美しく、紅型の袋帯は贅沢にも秋づくしの模様。
ネイルまで気合が入っていて、和服ファンでなくても見惚れるほど。
私は大島こそ久しぶりだが、あとは普段と変わらずカジュアルめに着ているわけで、その格の違いに冥利の悪さを一瞬感じたことを正直に告白しておく。
でも、次の瞬間、楽しみながら迷いに迷ってひとつひとつ納得した組み合わせだし楽だし、「これが私なんだから」という想いが勝って、あとは全く気にならなかった。
何よりその友人と和服で歌舞伎というシチュエーションが嬉しくて楽しくて、至福のひとときなのだった。
舞台が始まれば江戸時代にタイムスリップ。
和服で歌舞伎に行くと、コスプレ感覚で入り込み方が少しばかり深くなるんだなと思ったのはやっぱり一瞬で、あとはずずずいーっと舞台に見入ってしまったよ。
この歳になると、さすがに自分のことがよくわかってくる。
私には贅沢は似合わない。
贅沢なお品物も身に余る。
お金の使い方がとても下手だ。
無理してクラスを上げていくこともできない。
体質としてはもう、かなり貧乏症だと思う。
それでも、素の自分が結構気に入っている。
それが、私。
こんな貧乏性な私でも許してくれる寛大な友達が多いことが、私の最大の財産であり豊かさだと、ちょっと自慢してもみる。
......というような文章を、しまむらで買ったヒートテックとUNIQLOの派手なクロップパンツに、ゆりーとくんのフリースを羽織って書いているのだった。とても外には出られない格好だ。今日は午後から、西友のジーパンで仕事に行くよ。