と友人から知らせを受けたけれど、新聞をとっていない私にはそれを見る手立てがない。
すごい。インターハイって新聞に名前が載るんだ。なんとなく、すごい。
とりあえず親しい知人に
「読売新聞、誰かー、読売新聞ない?!」
とラインで投げてみたところ、
「わかった、とっておく!」
といってくれた人が複数名いたのだが、名前が載っていたのは首都圏版だったため、最初に知らせてくれた友人から譲り受ける以外は無駄になってしまった。
申し訳ない、静岡・埼玉の親戚・お友達各位。
一瞬、全国の選手名鑑かしらドキドキ!
と思っていたのだが、一都400人弱の選手団として、47都道府県、人数を考えたらありえないことぐらい、すぐにわかれ、私。
これが地方紙だと何日もに渡って紙面を割き、地方テレビ局でも取り上げたりしてくれるようだが、東京は活躍する選手が人気スポーツにもたくさんいるので、それもなかなか難しいのだろう。
過去、東京が主催地だった年度の中学ジュニアオリンピックも弓道はまるっきりスルーされていた。
その時の成績は東京にとってそれなりに立派だったと思うのだが、甲子園や花園や国立ほど「東京」を背負えないのが残念なところでもある。
でもだからこそ、この「わかる人にはわかる」感じが、しびれるのかもしれないと思う。
応援合戦はない。
そもそも見ている方も、規定どおりの応援しか許されない。
「よし」という掛け声とか、柏手のような拍手とか。
10-20キロの弓からは、弦なのか弓が戻る音なのか、ビュンという音しか聞こえない。
風がふけば風にそよぐ木々の音が、嵐になれば暴風雨や雷の音が、雪の降る日には雪の重みで木が折れる音が、静寂の中に響くことはあっても、弓道場で選手が音を立てることはない。
真剣な眼差しのまま競技を終え、すり足で退場して初めて、勝者は歓喜の声を挙げ、敗者は悔し涙に泣き崩れるという。
痛いほどの緊張感が支配する道場で、彼女たちは戦っている。
東京都大会の団体戦、決勝で惜しくも敗れた時、涙をわかちあったチームメイトと、支えてくれた部活の仲良したちは、今回個人戦で辛勝して代表になったお嬢の応援団として、自費で福岡応援ツアーを組んでくれた。
来年、全国の舞台に立つのは自分たちだ、だから全国の射を偵察に行くんだ!
その半端ない情熱が、きっと一年後の彼女たちを強くすると、私は確信している。
静かな闘志は、選手たちの心の中で熱く燃え盛っていて、私は明日から、そんな彼女たちとともに旅をすることになる。
競技は至ってシンプルだ。
四回、または四回を二巡、弓を引く。
競技には遠い的60メートルと、近い的28メートルがあるのだが、今回は近的競技だ。
28m先には一尺二寸の的が、安土と呼ばれる傾斜のついた砂壁に置いてあって、そこに4つの矢を当てればよい。
まずは、あたりの数で決勝進出を競う。(遠的の場合は、大きな的に得点があって精度を競う。)
総体の弓道個人は、4本/4回または3本/4回のあたりで決勝進出だと聞いている。
決勝は大会ごとにルールが異なっていて、今回は射詰めだ。
トーナメントだったり、より真ん中に近い人が勝つ遠近競射もあるが、射詰めとは外した者が抜けていく決まりで、最後の一人になるまで何巡もする勝ち残りのPK戦だ。
明後日、開会式の後、すぐに個人戦の予選が始まる。
先行して福岡入りしたお嬢だが、出発当日の朝、道場に行きたいという。
到着した当日は練習ができない。一日でも弓を持たないことは耐えられないので、朝練をしておきたいというのだ。
雨が降ると雨漏りする道場である。今、濡れた矢を運ぶのは傷むのではないか、胴着もびしょびしょになるのでは、と懸念したが、素人の出る幕はなかった。
スーツケースを車に積んで、私は雨の道場を運転席から見ていた。
雨足が強くなって、道場すら霞んで見えなくなる。
小一時間して、ずぶ濡れの頭で車に戻ってきたお嬢は、とても上機嫌だった。
「自主練する後輩たちが、準備も後片付けもやってくれたんだ〜」
手拭いで頭を拭いて、後部座席で着替える。
己との戦いの場に、いつもたくさんの人の温かい心づかいがあるんだなあ。伝説の名手だった顧問がわずか八年で作り上げた部には、先輩後輩の別なく弓を愛する同好の士が互いに慈しみ合う、かくも素敵な空気が流れている。
リムジンバスのバス停で弓を片手にバスを待つお嬢を、バックミラー越しに見ていた。
このままバスを見送ろうと、私は路駐しながら発車を待つことにした。
楽しげなお嬢。全く緊張はない。大きなバスに乗り込んで、いざ出発の時が来た。
私の車の横をバスがゆっくり追い越していく時、私は思い立って運転席の窓を開けた。
日の丸に「東京」と書いた扇子を振る。そんなつもりで持ってきたわけではなかったが、何かなかったかとカバンをまさぐって出てきたのがその応援用の扇子だった。私は、何か旅立ちにふさわしい見送り方をしたかったのだと思う。
お嬢は幸運にも左の窓際に座っていて、運転席から扇子を振る私の姿を見つけた。それから照れくさそうに、だが、大きく手を振りかえしてくれたのだった。
明日の朝、応援団は揃いのシャツで出発する。
応援団長の私が自分に負けていてはいけない。
出かける前にやるべきことを片づけて。
荷造りもこれからだ。
さあ眠気も疲れも、全てに打ち勝って、いざ応援に行って参ります!!