医者になりたい

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お嬢が弓道で培った集中力を夜のため人のために何か活かせないか・・・と考えて、何時間も集中する外科医などはどうかと思うのは、とりあえず妄想の自由として許してやって欲しい。まだ、子どもですから。
でまあ、職業選択に迷ったらその道のプロに尋ねるがよろしいと、私が最も信頼をおいている医師の一人、お友達の鐵男さん(仮名)にお話を伺ってみた。
彼はものすごく真面目だ。
四角四面というよりは体も心も丸く、自由闊達な空気感が職業不定 職業不明に見えなくもない風体ではあっても、そこはさすがにお医者様である。
実に理路整然と、お医者様のなり方とお仕事内容について簡易解説してくださった。
私には私立医学部の経済的負担と、国立の地方大学の可能性が仮にあったとしてもそれですらこの甲斐性ではもう親をして無理だったのねごめんなさいという気持ちになっていたところに、鐵男さん(仮名)はまっすぐお嬢を見て、とても申し訳なさそうに彼女の妄想の課題をご指摘下さったのだった。
いわく、「・・・あの画力では、無理だと思う」。
俳優の田辺某が描くたぬきは、チューブワームに毛が生えた状態にしか見えないのだが、おそらくうちの娘の描いたたぬきも難解すぎる点でいい勝負だ。お嬢には森羅万象があのように見えているのだとすれば、とてもかわいそうだとすら思う。
医師は絵を描く。図も描く。お嬢の画力では到底追いつかないのだそうだ。
ずば抜けた記憶力と、空間認識能力の高さも要求されるだろう。
頭脳明晰でなければならないのは当然のことだ。
そして人格も円満でなければ。
人のお役に立ちたいという、愛と勇気と自己犠牲。
人並み外れた体力と精神力も、不可決だろう。
そうだ、思い出した。
何より外科医なら手先の器用さも必要なはずだ。ボタン付けひとつできないお嬢に、体を縫って欲しいと誰が言えるだろう。
ハードルとかいうレベルでなく、もうsasukeが巨大な牙を向いて立ちはだかっていた。
かくして、あっさりすぎるほどあっさりと、数日も持たずにお嬢の妄想は潰えたのだった。

それにしても、と改めて思う。
お医者様というのは、そういう巨大な障害物を全部クリア出来る人ということなんだなあ。
24時間365日、お医者様はお医者様なのだ。
そう考えると、仮にも患者様が医者を罵倒するとか殴るなんて、本末転倒も甚だしいのではないかと思っちゃうのだった。
お医者「様」と、へへーい患者の私でございという関係で、私なら十分でございますだと思う。
勉強ができるから、偏差値が70だからスゴイのではなく、マルチであることが要求されて、なおかつ、そんな完璧に近い人が、身を呈して私ごときの健康を守ってくれることがスゴイのだ。
命をいじくるわけだからな。
医師って、やはりつくづくすごい職業のように感じる。
医者になりたいという夢を、妄想でなく人生の目標にすえられる子どもは、本当に国の宝なんじゃないかしらとすら思う。

小僧のクラスには、将来はお医者さんになりたいと言った級友がいる。
小僧の元いた小学校にも、僻地医療を志す立派すぎる同窓生がいた。その彼と二人でとった卒業写真は、その素晴らしさにあやかりたくて小僧と私のラインの壁紙にしてあるほどだ。涼しげなプリンスの横で、小僧はネクタイを頭に巻いて酔っ払ったサラリーマンのようになっている写真だが。

大きくなったら、何になる?
たいていは自分のために、その職業に就きたいと願う。自分の好きなことの延長であったりする。
それが自分だけのためではなく、誰かのために、と考えられたとき、それは立派なオトナへの第一歩なんだと思う。