自転車

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青か。しからずんば、なしか。
目の前の中古自転車を前に、父は青いペンキを持って私に答えを迫った。

小さな頃、私は赤い自転車が欲しかったのに、弟がお下がりで使えることを見越して青い自転車に乗らなければならなかった。
当時は、女子が赤、男子が青の時代だった。
考えてみれば、弟がお下がりの赤い自転車に乗ればよかったのではないか。
私は聞き分けがよく、弟は聞き分けが悪かった。
じゃあ弟のようにしっかり自己主張したら赤い自転車になったかというと、じゃあ自転車には乗るな、自分で走れ、ということになるのだった。なぜ? 私は女だったからだ。

つまり、私の自転車史は、血塗られた差別の歴史なのである。
いや、べつに血は塗られてはいなかったけれど、いただきもののハゲハゲ自転車は、かくして青いペンキが塗られ、釈然としない思いのまま、私の初めての乗り物となったのだった。

補助輪が取れるまでの間だから。
赤いペンキを塗り、更に青いのを塗るのは、手間だから。
ペンキ代もお高いし。

大人になった今なら、大人の事情がよく分かるのだが、当時の私はそんなわけで自転車になど、乗りたくないと思ってしまった。
率先して雑木林を探検し、背丈より背の高い草っぱらで基地を作り、三メートルほどの崖を飛び降りる勇気を競った。いずれも、自転車の要らない遊びばかりだった。

小学校時代は、結局、自転車に乗った記憶がない。
気に入らない青いペンキの自転車に乗るぐらいなら、私はこの健脚でどこまでも走る。と思っていた。小学生の行動範囲などたかが知れていて、自転車を必要とはしなかったのである。
中学の遠征試合で必要になった時にも、母の自転車を借りた。変な形のミニサイクルが恥ずかしかった。
高校生の時には自転車通学になったが、一番安いのを知らないうちに買い与えられていた。我が家は、私が欲しいと思うものが手に入らず、必ず母の好みの類似品がやってくるという家庭だったのである。それでも文句は言わなかった。さすがに必要だったから。
ところが三年間で私はこの自転車を一台盗まれ、2台事故で潰している。
私に自転車運はないのだと思っていた。

一人暮らしをするようになって、オートバイの免許をとった。
私の好きなバイクが買える喜びに泣きそうだったのを覚えている。バイク屋さんと交渉して、予算ピッタリで買った、赤と白のMTX、125cc。
うわー、かっこいい。
見るからに、かっこいい。
アメリカンタイプのバイクと迷って迷って、その時の彼氏に合わせてモトクロスタイプにした。
エンジンを掛けるときに足踏み式なのがまた、いい。
このバイク選びの時に、私は実は、バイクに乗る行為が大好きだったと痛感するのである。
封印していただけで、歩くより走るより、バイクが大好きだったのである。

白いモトパンを買い、赤いブーツとヘルメットを買い、イッパシのモトクロス選手を気取ったが、いかんせん私の運転は下手過ぎて、ダートは一回で懲り、おとなしく都内を走り回る気軽な足として活用し、二度ほど釘を踏んだ。

吉祥寺に引っ越す時に、住宅街では扱いに困るだろうと、このMTXを売って銀色の自転車クロスバイクタイプを買った。それはすぐに盗まれてしまった。
新大久保に引っ越した時には、青いオバチャリを格安で買ったが、これもあっという間に盗まれてしまった。
どんなに惚れていても、人には分相応というものがあるのだろう。
私には、自転車運がナイのだと再確認し、もう自転車に乗ることを諦めようと思った。

ところが、相方と吉祥寺で暮らし始めた時、運命の赤い自転車に会う。
一目惚れだった。
ビーチクルーザーは、どこから見ても少しの隙もなく、かっこよかった。
そしてなんと私はこの後、この一目惚れビーチクルーザーを16年も愛用するのである。
並行して紫のDTにも乗ったり、赤子を乗せて走れるママチャリあり、運転免許をとって黒い三菱車やワインレッドのオペルにも乗ったりもして、私の乗り物ライフはなにげに充実するのだが、とりわけお気に入りは、赤いビーチクルーザーだった。もう、添い遂げてもいいとすら思った。

17年め。
購入した自転車屋さんで定期的にメンテナンスしていたが、その費用も年々かさみ、そろそろ買い替えを・・・と勧められるガタガタぶりだったので、鍵をかけなくなっていた。
そして、彼女はあっけなく盗まれてしまったのだった。
その喪失感はひどかった。
でも、二三日して、あんなに好きになれる自転車はもうないけれど、新しい自転車が買えることを少しだけ喜んだ自分を覚えている。数々の失恋から立ち直ってきた原理を、当てはめる。伊達に年は取っていないのである。
新しい、自転車。ああ。新しいものを買うという行為にワクワクする。
この時には、私に自転車運はナイという事実を忘れていたのだが。

新しく迎え入れたのは、オバちゃんらしく、車メーカーの作ったカッコイイデザインながら正統派のオバチャリだったけれど、一月もしないうちにパンクした。
その後もバンクはひどくて、チューブを何度か取り替えている。サドルもペダルもあっという間に壊れ、タイヤはブレるし、ブレーキ音は酷いし、自転車屋では調整を嫌がられ、両輪同時パンクを機に、二年で乗れなくなった。
仕方なく娘のお下がりをもらったけれど、乗りにくいなあ、鍵は壊れているし、と、いつまでも慣れないでいたら、やはりまた盗まれてしまった。

しからずんば、なしか。

私の生き方は、そういうものだ。
自転車はいらない。歩く。遠くには車で行く。
一ヶ月ばかりそんなスローライフ始めました的な暮らしをしていたが、これがどうにもおばちゃん時間と合わないのだ。時間が足りない。
待ち合わせのために家を早く出なければならないということは、洗濯物が干せない、ということなのだ。バイトの帰りに買い物ができない。第一、ちっとも痩せない。
これはいかん、好きだろうと嫌いだろうと、チャリは必要。と、自転車屋をまわり、果てはネットをまわり、婚活のような自転車購入活動を入念に繰り返す日々が始まった。

同じ自転車でも、値段とサービス(おまけや送料)が違うのがネットの面白い所だ。
結局、どんな自転車も、モノは値段相応。
分けるとすれば、自転車屋さんの調整力が最後にはモノを言う、という世界だということを知った。まあそうだよね、問屋さんからきた部品を組み立てて売っているわけだからさ。

ところで鈴木家は昨年から未曾有の不景気。
予算は、私の一ヶ月のバイト代を超えないことにしようと思っていたら、1月は二万円に満たなくて、よし! おばちゃんは黙ってオバチャリ!!・・・と覚悟を決めた。
ところが、相方の電子書籍が売れて、臨時収入が見込めるという。
もちろんも今までの子供名義の定期切り崩しをまず埋めて、学資保険前借り分を埋めて、火の車を沈静化しなければならない、のは、よくわかっている。が・・・。
もう一万円ぐらいは足しても大丈夫というお達しがあり、すると突如広がる扉の数々。

モペット、バギー、トライサクル、原チャリ、電動アシスト、リカベント・・・は、やはり手が届かないとして、折りたたみ、持ち運び、クロスバイク、ママチャリ、シティーサイクル、そしてビーチクルーザーまで選択肢にのぼってくるので、迷いに迷い、毎日ネットを見て歩くのが楽しいったら、楽しいったら。

そしてまたしても、運命の出会いがあったのである。
いやん、もー瞬殺の、一目惚れ。

派手な自転車だった。
私は、迷わず「それ」を買った。クロスバイク、シティーライド。
メーカーは、多くの自転車屋が扱わないドッペルギャンガー。
レビューが異口同音に「デザインばかり」と書かれていたのも、気に入った。みんなコレをカッコイイとは思うわけだ。そんなにも目立つわけだ。で、中国産の荒い作りに、がっかりするわけだ。
私は乗り心地など気にしない。
せいぜい、半径三キロ程度の移動手段が、徒歩から自転車になると20分改善される。その時間だけで儲けもの。なのに、この子は時間短縮に貢献した上に、うっとりしちゃうほど、カッコイイのだ。
さらに、もともと自転車屋が扱わないのなら、修理で自転車屋に持ち込むときに「すみません、お宅で買ったものではないんですが」と毎度気を使わなくてすむ。仮に、自転車の造りを咎められても、カッコいいデザインには非の打ち所がないんだから腹も立たない。
誰がなんと言おうと、カッコイイ。
そして、これだけ目立つカラーなら、事故にもあいにくいだろうし、盗まれもしないだろう。

到着。
しぶしぶ二日酔いの相方が組んでくれての、試運転。
ええーっと、あらら、音が。
ちょっと傾きが。
おや、この付属品がダメだ。
いきなり傷がついたけど・・・。
とかいう小さなコトを凌駕する、斬新なデザイン!!
翌日、自転車屋さんで防犯登録とともに調整してもらえばもっと良くなるだろうというこの期待感と、何よりも比類なきデザイン。
好きになっちゃったら、しょうがないのである。
私には、条件より機能性より、好きになった一点が大事。ガラ携は変えないし、ニコンのカメラは枕元で愛でているし、デザイン重視で買った服は何年も着るし、オトコは旦那一筋だ。

キンドルを記念してこの派手なチャリはKDと命名し、私はこれからKDと共に、街を走り続けるのだと思う。
自転車運はよくないかもしれないが、この高揚感はなんだろう。
KDを自転車屋さんに送り出し、3150円の調整費で、すっかり調子も上がって戻ってきた。KDのウェディングエステみたいなものだと思えば、出費も痛くない。
船出の今、もうこの先一生、サイクリング日和ならいいとすら思う。

帰宅した小僧が興奮して言った。
「おかあさん、何、あれ。あの、超かっこいい自転車はおかあさんの?」
そうだよー、わかってるねぇ。
遅くに帰宅した娘も言った。
「おかあさん、何、あれ。あの、超派手な自転車。おかあさんのなの?」
そうだよー。
「あれはババアの乗る自転車じゃないでしょ。年甲斐がないよ、恥ずかしいなあ。あんなので高校に来ないでね」
・・・・・・えー。なにそれー。
ちょっとむかついたけど、全然いいのである。きっと娘は嫉妬しているに違いない、KDがあまりにもカッコイイから。

かくして私の自転車史には新たな1ページが加わった。
盗まれませんように。事故りませんように。壊れませんように。
いつか来るお別れのその日まで、楽しいバイクライフが始まった。