娘の絵

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娘は、自分が漫画家の娘であることをひた隠しにしています。
せっかく大変に良質な講談社ブルーバックスの学習まんが「マンガ化学式につよくなる」や

「マンガ物理に強くなる」

を父が描いていて、某有名進学校では副教材として導入してくれているなどの噂を聞くたびに、「いっちょ営業してこようか、そんなときのためのPTAだ」などと思ったりするイケイケ母でしたが、娘は絶対やめての一点張りでした。
娘の学校には漫画家さんのお子様方も複数名おられ、時々びっくりするほどメジャーどころのキャラクターが著者本人の手になるポップで、バザーの道案内やら運動会のゴミ箱の場所を知らせてくれていたり、イベントの時に立て掛けられるダイナミックなベニヤ板画は百万部超え(多分)の作家さんの二世によるものだったりしています。
カエルの子はカエル、という言葉が娘には圧力です。
トンビが飛べないアヒルを生んだようなものなのでしょう。

絶対やめて、の理由が、よくよくわかりました。


大笑いしていましたが、はたと気づいたのが、これでは娘は希望の理科系に進むのは難しい・・・という事実でした。
昔、私の友人が解剖結果を観察して詳細を描いたのに、先生から「ふざけている」という評価だった、悔しかったと訴えていたことを思い出しました。

母・ヨシコが絵を描く人だったので、私も小さな頃から絵が好きでした。
小学校の時には「ユネスコ村写生大会」に5年連続入選しています。しょぼい賞ですが、自慢です。ただ、母ヨシコが微妙に手を加えるのが嫌でした。
美術の先生がデッサンの授業とクラブ活動で描いた水彩画を見て、「鈴木は美大に行け。まずは部活のソフト部をやめて美術部に来なさい。私が直接指導する」と言ったことから、美大の存在を知ります。ただ、母・ヨシコが色めき立って、そちらの方向にやたらと水を向けるのが嫌でした。
母・ヨシコに放っておかれたら美大という選択もあったかもしれませんが、そうなると芸大の相方と結婚していなかったと思うので、今では母・ヨシコの過干渉に感謝しています。
遺伝でも、環境でも、つき進む子は進むし、進まない子は進まない。ということです。
じゃあ今、私が絵を描いているかというと、ほぼ全く、描くことはありません。その能力は役にも立っていないし、使わないことで困ってもいないわけだ。
まあ、娘の進路は娘が勝手に考えるでしょう。美術系、理科系は諦めたとしても、人生、結果オーライです。
何か一つストロングポイントがあれば、まあそれなりに楽しく過ごせるものでね。
何かひとつ。
それが、果たして見つかるんだろうか・・・というのが、娘の目下の悩みみたいですが。

個性的な付属中学から進んだ生徒数とほぼ同じぐらい、外部からさらに個性的な学生が集まってきた高校で、新しい出会いと刺激がたくさんありますように。
で、いよいよ高校生なら、ぜひとも読んでほしいわ、ブルーバックスの化学と物理。
さりげなく学校図書館に寄贈してこようかしら。