情報というのは偉大だなあ。と、祥子のメールを読んで思った。
綱引きのコツ、というのを、以前テレビで見た。我が家のリビングで年に二回だけ、家族全員 がそろってみる唯一の特番がある。その中で、敬愛する島田紳介が言っていたのだ。日本一の
大分コスモレディースのおばちゃんたちは、屈強の格闘家たちに体重差200キロをものともせ ず、綱引きで常に圧勝する。そこで紳介は、筋肉ではなく知識で勝て、と、コツを伝授したの
だったが、祥子が町内の7自治体対抗の運動会で綱引きに出ると言うので、そのコツをちょろ っと伝えてみたのだった。
足を曲げないで、その場で足踏みする。腕も引っ張ろうとしないで、まっすぐ伸ばしたまま。
どの程度、その情報がお役に立てたのかは定かではないが、同じチームの女子にはその情報を ちらっと漏らしていたという祥子たちのチームは、綱引きで見事優勝した。
綱引きは最後には力の勝負なのだが、やはり、情報は侮れないのかもしれないと、思ったのだ った。
福助絡みで区役所に行くことが多くなり、待ち時間にいろいろなチラシを見ていたら、ふと、 「世田谷の保養施設」を見つけてしまった。
夫が自営業だと、会社の保養所などはない。独身の頃は某社の社員ということにして、友達に いろいろとつれていってもらったものだったが、どの保養施設に行っても、「この金額で、こ
んなゴージャスな施設が利用できるのか」と、一流企業の底力を思い知らされたものだった。 社宅にしてもそうだけど、会社の福利厚生って、すごい。仮にお給料が安くても、安く暮らせ
て、安く遊べて、補償されているお休みもとてもたくさんある。フリーって、結局大きくお金 が入っても、時給換算すると切ないぐらい働いているし、大きくお金が出て行くんだなあ。と
、思ったものだった。所詮夫も私もキリギリスだ、夏を謳歌せよ、と、ずーっと遊びまくって 、現在に至る。貯金額、ゼロ。
でも、あったのよ、そんなやくざな商売でも、区民というだけでご利用できる別荘が。または 、指定保養施設(民宿やホテルね)を予約すると、補助金が出てお宿が安くなったりするシステ
ムも。区民になって早3年目だというのに、知らなかったなぁ。やはり情報って、知っている 人だけがお得なのだ。
ここ半年あまり、都合がつけば、毎月1,2度、下田に帰っている。
熱川温泉病院に入院している義父・波雄は、「ここ数日が峠」といわれた峠を楽々のぼり切り 、今では敗血症も消し去った。さすが、山道を上り下りして若い頃から鍛えぬいた体を持つ彼
は、強さが違う。そんなわけで、緊迫した状況から解放されて、私たちはお見舞いついでに温 泉もらい湯をばりばり遂行し、「お見舞い」なのか「観光」なのか、ここのところ、不謹慎な
がらも楽しみな伊豆行きになっていたのだが、毎回、入浴後のビールが飲めないことが、運転 手の私にはつらかった。「伊豆でのお泊まり、したいなあ」とは思ったものの、伊豆はどこも
とてつもなく高いので、もらい湯だけであきらめていたのだった。
で、今回初めて、下田の実家の後、熱海の保養荘へ。
地味だが、質のいいお湯と、おいしいご飯(別料金)と、のりのきいた白いシーツ。お布団は敷 きにきてくれて、浴衣は子供の分までそろっていて、トイレつき・床の間のある和室が一泊一
部屋(4人で)一万円。東に向いている窓からは海も見える。冷蔵庫には冷えた中瓶のビール、1 本285円也。そして温泉場の王道、卓球はなんと無料。テレビ、無料。娘のはしゃぎよう、プ
ライスレス。
卓球もサロンでの読書も、無人のお風呂で素潜りして泳ぎまくるなど温泉も、一通りご堪能し た我が家の女帝・P子は、結局湯あたりしてぐったりだったが、それでも頑固に楽しんでいた
。
さらに現地で情報を収集すると、マリンスパ熱海の割引券が手に入った。プールと温泉施設( ちゃんとオーシャンビュー)があって、大人1300円が市民と同じ価格1000円に。これはへたす
ると、もらい湯より安い。例えば、赤沢日帰り温泉は子供料金がないため、1600円×4人の 6400円だったが、マリンスパ熱海は幼児無料で2500円なのだった。「行き当たりばったり」が
信条の私でも、さすがにこの差は情報の力の差と、しみじみ思うのだった。とってもお安く、 半日遊んで帰ってきて、ああもう、休日を満喫しつくした気分。
というわけで、来月のお見舞いの日程に合わせて、電話予約を入れてみたら、今度は伊東小湧 園も補助金付きで、お泊まりOK!になった。わーいわーい、うれしいなったら、うれしいな。
なんかこう、私たちだけが知っている情報で得をしている、という感覚が、また、たまらなく いいのだった。って、ここに書いちゃ……ダメじゃん。
<覚え書き>
帰路、P子が突然「トイレに行きたい」と言い出した。最初に見えたホテルで借りよう、とい ったところ、名門ゴルフクラブを擁する川奈ホテルだった。
「おい、ここはお前、あの川奈ホテルだぞ」
と、夫が強調する通り、高級車がずらり並び、バスには「北多摩医師会」と書かれており(医 者たちよ、一体何してるんだ?)、歩いている人たちがいかにもお金持ちそうなのだった。見な
れぬスーツ姿が恐いP子としては、違うホテルまで我慢しそうな勢いだったが、漏らされて困 るのは私なのだ。P子を連れてエントランスに向かい、「トイレを拝借できますか?」と聞いた
ら、にこやかなホテルマンが、恭しくトイレまで連れて行ってくれた。そのホテルマンの礼儀 正しい態度と格好、格式ある荘厳な建物、いきなりオーシャンビューなラウンジのつくりと、
語らっているリッチマンたちの視線にすっかり威圧されて、P子はやけにぺこぺこ、びくびく していた。何か、連れているこっちが恥ずかしいんですけど。
「あのさ、P、大抵のことはお金でカタがつくんだから、そんなにおびえなくても大丈夫だよ 。ここに泊れば私たちはお客さんなんだし、いつ泊まったっていいんだからさ、もっと威張っ
ていていいよ。堂々としておいで」
と言うと
「そうなの? こんなすんごいところで、タダでトイレ借りてもいいのね」
と、不安げなまま、P子は、総大理石の、自動で電気がつく個室に消えた。勢いよく水を流す 音とともに、P子の独り言が聞こえた。
「今日のことは、心のうれしい引き出しにしまっておこっと」
……貧乏臭いぞ、P子よ。女帝のくせに。
いや、100円単位の割引に一喜一憂している親の 姿を見て、貧乏くささを学んでしまっていたのだなと反省。お父さんは、お母さんの誕生日に
、スィートルームに二泊して、ケーキ特注してシャンペンあけるぐらい、ゴージャスなことも やってのけた人なんだけどね(新婚だったけどね)。こういう「王様スペース」で、物怖じしな
いための教育費を、そのうちまたお父さんに稼ぎ出してもらおうね。