去年、弓道国体A代表リザーブとしてお嬢が岐阜に連れて行っていただいた時のおみやげだ。
フロントガラスにつけるときに、
「来年の東京国体に出られますように」
と願をかけてみた。
お嬢の自主練の送迎や、部活のボランティアで車出しの際には、毎回「よろしくねー」と軽く指ではじく。ミナモちゃんさるぼぼが揺れるたびに、根拠なく「うん、きっと大丈夫」と思ってきた。
もちろん、選抜されなかった時には国体を思い出させるそのミナモちゃんさるぼぼは処分なんだけど(だって、つらいじゃない?)、ミナモちゃんが身を挺して「国体」を訴えかけ続けてくれる限り、私も身を挺してお嬢を支えなきゃな、と思った。一年間私がモチベーションを保ち続ける格好の相棒だったと思う。
去年の岐阜・清流国体ーー。
来年はあの舞台に必ず立つ。
そういう想いを強くして帰宅した。素晴らしい東京代表の射だったらしい。
夏休みはたった四日間。後輩としてかわいがっていただきながらいろいろなことが学べた去年の経験は、おそらく一生で最高に得難い経験だったと思う。
去年の夏が終わってから、お嬢の取り組みが変わった。朝練・昼連・部活・自主練。
大会の数々と悲喜こもごも。
そして、複数回の厳しい選考会を経て東京代表選手になり、去年同様、今年の夏も弓道一色で過ごして、いよいよ「2013スポーツ祭・東京」の開幕を迎えるのだ。
長い、長い本当に長い一年だった。
待ちに待った、この日なのだった。
お嬢は基本、自分でお弁当を作るし、買うし、食べに行くことも抵抗はないし、早起きも勝手にするし(二度寝だけが玉にキズ)、練習後の宿題も自学学習も、割と何でも自分でやって来た。
だから、私のやったことはほとんど何もない。
机で参考書を開きながら寝てしまっていれば起こす、とか、早朝起きたものの気配が消えたら念の為に部屋を覗き、寝てしまっていれば起こす、とか。そんな感じ。
あとは、神社仏閣めぐり。・・・私はクリスチャンなんだけど、弓道って神事だからさ。
昨日から公欠し、今朝から合宿所入り。
弓道着には「東京・鈴木」の刺繍。この人は、袴姿がよく似合うと思う。
大荷物なので駅まで車で送りながら、いつものように他愛無い話を聞き、いつものように駅前で「はば・ないすでー」と手を振った。
明日は彼女の誕生日だ。開会式の荘厳な花火で派手にお祝いする17歳。(選手は見れないらしいけど・・・涙)
18年前の今日は微弱陣痛で病院のベッドでのたうちまわっていたんだった。
ねえ帝王切開に切り替えよう、飲まず食わず眠れない丸2日ではもう出産する体力が残っていないはずと医師に言われて、いいえ今夜は中秋の名月、ウミガメだって珊瑚だって満月に産卵するのだから、あと一日待って下さい!と締め切り直前のマンガ家みたいな泣き落としでお願いしたのをよくよく覚えている。
君はウミガメじゃないからね、あと半日だけ待つけどね。
私はわけありで促進剤が使えなかったから、こうなったら気合だなと本気で思った。ばっちこーい!
限界からの起死回生は、しっかり陣痛がついてからわずかな時間で進んでしまい、最後は医師がほとんど間に合わなかった。
彼女は生を受けた初手から、案外手が掛からない自主自律の人なのだった。
満月のきれいな夜だった。
駅でお嬢を降ろして、戻る道すがらJーWaveを聴く。
開局25周年だってさ。すごいなあ。フリーで仕事しながら、自宅にはいつも試験放送がかかっていたのを覚えているもんなあ。
仕事が面白すぎて、子どもなんて持てないんだろうなと思っていた、あの頃の自分。
自分の夢が、同じ後世に残すなら鈴木ゆう子記念館より子どもがいい、子どもを育てることこそ天職とシフトして、やがて子どもの夢を自分の夢として育みはじめたのはいつだっただろう。
奇しくも、お嬢を産み育てた街、幼少期を過ごした家の前を、車で通る。
まさしく、光陰矢のごとしだな。
そして、いつものように自宅駐車場に車を入れ、いつものようにミナモちゃんさるぼぼを無意識で指ではじいて、
「やっとここまできたんだ」
と思う。
あっという間。
でも、長かった一年間。
私の中のタイムトリップは、複雑怪奇な時間の流れと、案外スッキリした内容みたいだ。
お嬢は、昨日最も信頼している親友の一人に、握り皮を調整してもらった。
彼女が敬愛するあるママからの、ジュニアオリンピックのお祝いにと頂いた弓巻を丁寧に弓にかけていた。
この夏、練習中のお供だった願掛けタオルマフラーは、弟の親友のママから。アスリートママは、気遣いが違う。
そして別のママから頂いた「がんばれ」の念が入ったガーゼタオル、手ぬぐい、お守りは、メッセージカードと共に合宿所に持っていく。
彼女にはたくさんの「ママ」がいる。ついでに、パパや先生も。
応援にも来てくれるというありがたい応援メッセージは、全部彼女に送ってある。
「マジありがたいなあって。支えられているなあって。本気で応えたいと思う。東京のために、頑張ってくる」
17歳、大人になったなあ。
とりあえず、ミナモちゃんさるぼぼをなでておこう。
ここまでくると、私にできることは何もなかった。
ありとあらゆる神様に神頼みをする。絵馬も書く。おみくじを引いたら大吉が出たので、お守り袋を作ってみた。さて、風水で玄関の掃除だ。
その前にご飯を食べよう。腹が減っては戦ができぬ。私は戦わないんだけどさ。