忙しいならリーダーになりなさい

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大学で「レクレーション理論」を学んでいて、リーダーシップについて学友から問われたので、ちょっと書くね。

私が若い頃にビジネス雑誌を書いていたおかげで、私の思考法の30%は合理的なアメリカのビジネスマンのそれである。
で、最も実践していることが、「忙しいからリーダーになる」ことだ。
私の多趣味は捨てられない、であれば限りある時間を誰かの都合に合わせることは難しい。だから、私はPTAでもその他の活動でも、最初に「リーダーならできます」と手を挙げる。私以上に適任者がいれば潔くお譲りすればよく、リーダーが鈴木ならなんとか仕事してもいいわという人だけが残るので快適なグループワークができる。
自分の都合でスケジュールを組ませてもらうから、私にとって、予定に無駄がなくなる。
これは随分自分勝手な話だ。それはちゃんと自覚している。
だから、周りの方にしわ寄せが行く分、誰かが足並みを揃えられなくても決して問題視しないし、私の都合で成立しているのだから、人の倍、働くのは当然だと思っている。前進するための意見交換はあっても、文句は絶対に言わない。そう課すことで、私自身の心の負荷を軽くしているのだと思う。
そして、私の都合でスケジュールを組ませてもらっているのに、たいていの方はまず文句もなく私以上に働いてくださって、私には仲間に対する感謝の念だけが残る。た私にはできないことがたくさんあるが、そんな苦手を難なくこなしてくれる仲間が盛り盛り増えていくのは快感ですらある。
そして、チームの成果はたいてい、誰かの役に立って、感謝が循環する。私はチームメイトに感謝してプロジェクトが終了する。
そこには、たいてい気持ちいい風が吹くのだ。
その気持ちよさが条件反射になってしまったので、ついついずるずる、PTAだのボランティアだのに参加してしまう。
お金がからんでくるとそれはビジネスになってしまうから、報酬が伴う分、いろいろと難しいのかもしれないけれど、無償の報酬は多分プライスレス、お金で買えないほど尊く大きい。
忙しくて、とてもボランティアなんかできないわ。
これはよく聞くことだが、お金ではない報酬を受け取る経験は、意外に大きな喜びになる。
忙しい、という方がいたら、私はリーダーになること、条件つきで手伝えないか打診することをお勧めしたい。
仕事量が公平でないことは、当然だ。
仕事は、デキル人のところにたくさん来る。私はデキル女なんだわとうっとりしながら挑めばいいと思う。
大量に残業することになったとしても、それはそれでまたスキルアップにつながることだし、見かねてその孤独な作業を手伝ってくれる仲間とは一生の友だちになれる。
「こんなにやりました」と喧伝しなくても、仲間はもちろん、周りの人はちゃんと見ていて評価していると思う。極端な話、私はそんな評価なんか、自己満足でもいいと思っている。
「徳は天に積め」という。
最期の時に「いやー、頑張ったな、あの時」とちゃんと笑って逝けたら、自分の心にでっかい貯金を残せたというもの。そう考えると、割と自分の時間を人のために気前良く使えるようになる。
世のため人のために、時間とお金を使えるようになったら、それは多分一番手軽な「自己実現」だったりするのである。

おー、大学仕様なので、である調である。レポートはである調で書かないと減点なのである。
つーか、あの大学、他の通信に比べてちょっと厳しすぎる課題が満載なのだが、ちゃんと優秀に大学卒業してから編入してくる人が多いお陰で、とてつもなく豊かな学びと高いハードルを楽しめるのである。前向きなMの私には、心地いい場所なのである。