父の夢をみた。
去年、結果的に孤独死させてしまった父の。
夢の中の父は笑っていた。
昔の家の小さな茶の間で、それはまだ両親が離婚する前で家族が一番幸せだった頃。
そこで父は大いに嬉しそうなのだった。
どうやら弟の子どもが、野球でひとつ、夢を叶えたらしいのだ。
夢では精悍な父と、まだ子どもの私なのに、同様に子どものままの弟にはすでに子どもがいて、王監督にご指導いただくという。このあたりが夢のおかしなところなのだが、
「よかったなあ。王選手だぞ。すごいよなあ」
「王監督だよ、お父さん」
「いや、王さんはいつまでたっても王選手なんだよ」
現在の弟の年ぐらいの父は本当に嬉しそうで、そんな上機嫌の父を見て、私はすごくうれしいのだった。
一年前の3月。
倒れた、と弟から聞いて車を走らせ、到着したときにはすでに亡くなっていた。いや、弟が発見したときにはすでに亡くなっていたのだった。
両親の離婚後、父とは疎遠になっていたが、おそらく死ぬ前、最後に話をしたのは私だったし、父が最期に読んだのは私からの、小僧と娘の写真を入れた手紙だったと思う。
一通だけ、最新のヤツが仏壇に供えてあったから。
正直、忸怩たるものがある。
彼の死に目に誰一人立ち会えなかったことが、一生消えない十字架のような気さえしている。
弟のところの坊主達は野球を一生懸命頑張っていて、うちの娘は弓道を、小僧はサッカーを頑張っている。
そんな子どもたちの頑張りが、うまく夢にアレンジされたのだろうが、実にリアルな感覚が残った。
弟のところの坊主の頑張りをきっと夢のなかで大喜びしていたように、うちの子どもたちの頑張りもきっと天国で楽しんでくれているだろうという気になって、私の気持ちが少しだけ楽になった。
「そんなに気張るなよ。こっちは、大丈夫だから」
と言いたいんじゃないかなと勝手に想像した。
父は本当にきっと、心から孫たちの活躍を楽しんでいると、なぜかわけもなく確信できた夢だった。
子どもたち、たくさんの頑張りをありがとう。
結果はどうあれ、いつもいつも真摯にスポーツに打ち込んでいる君たちのおかげで、私が楽になりました。
さて、明日は小僧、新しいチームに入っての、初めての練習試合。
午前五時半起床。ひーん(泣)。
自主練でまわしすぎて踵骨骨端症を発症し、いきなり練習を休み続け、となれば多分明日はベンチで応援だろうが、ベンチだってチームの一員だから、当然、親も応援に行くのが筋というもの。ええ、行きますともさ。
万が一の出場に備えて、ビデオも用意して。
午前中いっぱいで終わりだから。そう、午前中いっぱい。帰ったら昼寝もできる。昼寝昼寝昼寝。と、言い聞かせて。
そうそうしょっちゅう夢で逢いたいわけでもないけど、亡くなった人が夢のなかで元気に生きていると、ちょっといい気分になる。
そういえば、父の子供時代の夢は、野球選手だった。
それで息子をリトルリーグにいれた。
その息子は父への反発からバスケ部活を経て、長じて地域の少年野球団のコーチになり、三人の息子たちが全員坊主で全員野球一筋だ。
三人もいれば、一人ぐらい、父の夢に近づける子どももいるかもしれない。
いつか王選手のような・・・。王監督が認めるような選手に・・・。
いや、違うな。
きっとただ一生懸命、孫たちが野球をやっているだけで、父は案外幸せだったんじゃないかと思う。
複雑な生育環境の彼にとっては、平和で安寧な家庭こそが彼の夢だったに違いなく、息子を半ば無理矢理リトルリーグに入れて、一緒にキャッチボールしただけで「ひとつ、夢がかなったなあ」といってたぐらいの人だったんだ。
それをちっちゃい人だと思う母ヨシコは、まだ若かったんだと思う。
夢の大きさや深さや強さは、他人には推し量れないし、それを笑い飛ばすのは不遜だからさ。
・・・あああ。いつの間に、こんな時間にっ!!
では、寝ます。
うちの小僧の試合だったわ。おやすみなさい。いいJリーグの夢を。
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