あるボランティアの新年会。いろいろな世代が集う。
そのメンバーの中に、92歳の女性がいる。
大正8年生まれ。
お耳は少しばかり遠いが、あとは極めてお元気で、好き嫌いなくもりもり食べ、ビールの飲みっぷりもお見事だった。
話は面白く、次々とネタを繰り出し、笑わせる。驚くべきは同じ話を全くしないことだ。
頭の回転が早いんだな。
終了後、お店からご自宅まで随行しようとしたけれど、
「飲んだときは自転車には乗らないのよ。自転車は、ほら、こうして杖がわりにするから大丈夫」
と、豪快に笑いながら、途中で手を振られた。
「ここまででいいわ。気をつけておかえりなさい。鈴木さん、お若いんだから」
ああ、こんなふうにカッコよく老いることができたらいいなあとしみじみ思った。
彼女は、
「私は名義貸しだけのボランティアメンバー。一緒に活動をすることができなくて申し訳ない」
と卑下されるが、なんの、力仕事やパソコンワークは若い衆がいくらでもすればいいのだ。
彼女の存在が神々しく、そういう多様化がチームの推進力になる。
存在することで、誰かのために役立つ。
それは人の理想の生き方かもしれない。
そして誰かの役に立つことこそが、実は、自分のエネルギーと化していくんだよなあ。
こういうエネルギーの塊みたいな方とお話しする機会があると、心のどこかに核みたいなモノが埋め込まれるような感じがする。
私もがんばろう。
本気であやかりたい、と思った。
こいつぁ春から縁起がいいや。
という、お話のおすそ分けでございました。
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