「おかあさん、明日までに魚屋の服、頼みたいんだけど…」
と、またしても唐突に小僧が言う。
小僧のお願いはたいてい突然なのだ。
学芸会で、小僧は「魚屋」さんになる。「王様」を志願して、玉砕した結果、一言だけのセリフの役が与えられた。
志や、よし。
「でも、一言だからなあ」
待て待て、待てぃ!
演劇における重要度は、セリフの多寡ではないんだぞ。私はヘレン・ケラーをやったとき、一言だけだったぞ。
それより何よりいいたいのは、演劇に「端役」など、存在しないということである。そのどんな役も、大変に重要なのだ。
たとえ一言のセリフであっても、魚屋さんには、魚屋さんのキャリアと人生の喜びがある。王様に対する静かな怒りと、深い悲しみがある。その感情があるからこそ、王様の長ゼリフが生きてくる。
さあ、舞台上で、思う存分、魚屋になりきり、表現するのよ。
まずは魚屋さんについて調べよう。と、「築地魚河岸三代目」の漫画を読ませてみた。築地に対して、興味がぐんっと深くなっていく。魚の名前も調理法も、滲み込むように知識に変わっていく。いいぞ!
衣装はだいたいこんな感じだね、とあたりをつけておいた。前掛けは私の自前があるし、長靴もカンペキだ。問題はTシャツだが……。
それで、ネットで調べてみた。
するともう、しびれるね!しびれまくったね!
魚模様はいずれもなかなか絵になって、いずれも素晴らしいのだが、ぐっと来たのが「大間のマグログッズ」だった。マグロ漁師と大書してあるTシャツを見て、気持ちがあわだつ。うう、欲しい。これ、欲しい!!……しかし、私はマグロ漁師ではないし、相方は日焼けこそして黒々しているが、ガタイは貧弱な漫画家だ。さすがに私にも相方にも、この服を着て外に出る勇気はない。またお寝巻きコレクションが増えていくのも考えものだ。出版不況の折でもあるし。
しかし、鮪への圧倒的な愛を感じた。感動した。大間にはいつか行かねばなるまい。これは、何かのご縁である。
さて、もうひとつ心惹かれたのが、リアルなまぐろのぬいぐるみだった。体長60センチ。愛を感じるよね、マグロへの愛を。ああ、銀色に光るこのぬいぐるみを持って、舞台に立たせたい!1980円、ポチッとするか。一瞬のために、1980円。その後全く使い道のない、まぐろのぬいぐるみ……。
それなら、まぐろを買って小僧に食わせた方がいいのではないかと思いとどまる。
サッカー日本代表と鮪のコラボレーションという、小僧に向けたメッセージかと勘違いしそうになるTシャツもあった。これだ。これしかないわ!
「待って、おかあさん。新しく買っちゃいけないんだって。ありもので、って事だったよ」
と、小僧に言われて、一時間もネットサーフィンで魚と付き合い続けたパソコンを後にし、夏物の洗濯物を含む平成新山に立ち向かう。
これはあれだな、もう神が「光りあれ!」と、魚屋を通じて、お命じになったんだな。
ありもののシャツで魚屋さんを表現する……と与えられた難題に取り組み始めたら、即座にいいものを発見してしまった。
今年のユニクロ企業コラボでデザインされた、カルビーかっぱえびせんのエビ模様のTシャツである。
ああ、素晴らしい私のコレクションってば!!左胸に、最高にエビらしいエビが踊っている。これを着て、存分に魚屋になりきるがいい!! 当日は、楽屋にこっそり紫のバラを届けよう。
素敵な学芸会になりそうだ。
2010年11月04日 19:24HOME |
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