2009年09月01日

とても静かな五分間

娘の夏が、昨日、土砂降りの中で終わりました。
ビデオに残ったのは、わずか5分。
弓道大会では、4回しか矢を放ちません。
3人で1組になり、12射中、的中はいくつかで競う団体戦。90組近くがエントリーしていました。
その成績は、そのまま個人戦の予選に充てられます。

息を詰めて。
娘が弓を携えて、弓道場に入ってきたとき、私の心臓音が早鐘のように鳴るのがわかりました。
けれど、座して的を見つめ、微動だにしない彼女を見ていて、音のない世界が訪れます。
観覧場に座って、ただただ私は娘を見つめていました。
屋外に吹き込む台風の雨も、木々を揺らす風の音も、まわりの雑音も、やがて一切が消えて、娘だけをみつめる、静かな、どこまでも静かな五分間。

結果は出せませんでした。
毎日、左の腕にあざをつくり、最後は顔まで切って、寝不足だろうとなんだろうと、部活に出かけて行き、弓を打つ。灼熱の太陽は、容赦なく彼女を真っ黒にして、どんな激しい運動部なのかと思わせます。
中学生初めての夏は、田舎ですごした一週間以外、ほぼ毎日、弓道場にいました。
満を持して臨んだ、初めての中学生大会。

予選では、三射はずし。
四射目に見事、的中しましたが……練習の最後には皆中も出ていただけに、悔しそうな表情を隠すのが精一杯みたいです。
しかしもちろん、あたるだけも一年生としては十分な出来ですから、一年生の部、個人決勝に進むことができました。

決勝でも、三射あたらず、最後の一射のとき……。
「大丈夫、彼女はきっとやってくれるから」
と、部員が全員でリラックスして、だけど信じているのがひしひしと伝わり、ああなんて居心地のよさそうな場所なんだと思いました。応援に悲壮感すら漂わせるほかの学校とは、どこか違う。
そんな静かな熱い応援を受けて、しかし娘は四射目もはずして、そうして、彼女の夏が終わったのです。
「ダメでしたね」
と、そばにいた先輩に言ったところ、決勝に進んだことがどんなに偉業か、彼女の頑張りがいかにすごかったか、部内でどんな存在か、先輩は身内のように、とうとうと話してくださるのでした。親にとって、そんなにも娘を認めてくれている話を聞けることが、どれほどうれしいか、この先輩も親になったときにきっとわかります。いつか授かるあなたのお子さんが、たくさんたくさん褒められますように。と、思いながら、うれしく耳を傾けました。
今日、結果が出せなくても、それはきっと次への布石。
いや、一生懸命な部員たちの真心こめた一射。そして、彼女の友達や先輩方の、たくさんの想いと言葉だけで、十分に報われた日でした。

はずしたライバル校に「よし、やった。はずした!」、
枠ぎりぎりであたれば、「何、あれ。あんなの、あり?」、
そんな勝ち急ぐ応援をする学校もあったというのに、娘の学校の部員たちは、
「うわー、見てあの人。きれいな射形だね」
「あれは、当てにいってる射形だなあ」
と、姿勢の評価に余念がありませんでした。
貪欲に勝ちを狙うわけでも、当てに行くのでもなく、納得のいく射。彼女たちにとって、それがこの大会の意義なのです。作法を知らないままにエントリーしている子もいる他校を見ながら、美しい射形を取れない子を出さないという厳しさ、合宿ではお辞儀の角度から、すり足で歩くこと、所作を徹底的に訓練された、顧問の先生の崇高な志を考えていました。
最初に叩き込む、型。
そこにたどり着くまでの忍耐。
それが日本の心なのかもしれません。娘、いい時期に、いいことを学んでいます。
なるほど、娘の弓道部、射形は美しかった。打ったときの格好がいいのです。全然当たっていない子でも、とにかくかっこよくて、競技会というよりは、舞を愛でているような気持ちにさせられました。

初めて袴と道着で挑んだ試合。初舞台が明治神宮というのは、恵まれています。
嵐ですから長靴でいって、白足袋を忘れ、泣きそうな声で電話をかけてきて慌てて届けるという、鈴木家ならではのお約束失敗談も面白おかしく存在はするのですが、ソレはまた別の機会に。
優勝、二位三位決定戦には弓を弾けなかった娘、観覧席に戻ってきて開口一番、
「ああ、楽しかった!」
そんな感想が、何よりでした。

…………


でも、あたしゃ胃潰瘍が出来そうで、正直、もう応援はいやだと思ったよ……。
今日、小僧のサッカー練習に顔を出して、選手全員にナイスプレイだの、かっこいいぞだの、大声で応援しまくって、やっとこさ、ストレス解消しました。私に和の心は、無理なのかもな。

2009年09月01日 22:36