乱暴な言葉でも、一言で人をやる気にさせちゃう人がいる。
思いっきり萎えちゃう一言を、優しい言葉で放つ人もいる。
秋葉原の事件に対する書き込みなどをネットで追っていくと、親子関係に突き当たってぞっとする。
良かれと思って、育てた子どもが犯罪者になって、親が謝罪する。
良かれと思って使っている言葉だ、それが子どもにあとでどう作用するか確信を持って発言し続けている親が、いったいどれぐらいいるだろう。
多分、その子の生きる力を信じるしかないんだろうな。
うまくできてもできなくても、その子が生きたいように生きる権利。
やりたいようにやるのを、どんなにもどかしくても、どんなにイライラしても、こっそり教えたい近道を知っていても、親はバッテンマークのマスクをつけて、口を挟んじゃいけないんだろうな。
悪いことをしたときは別だが、特に冒険なんかしようと試みているときには、私が最終的に彼の身柄を預かる最高責任者であっても、絶対に口を出すべきではないのだ。
励ましているつもりで、鬱屈されたら困る。
ホント、親なんて、子どもが自分の社会を持ったら、あとはひたすら見守るだけの存在なんだなあ。
言葉は頼りない。
でも言葉が、人を殺すのに十分な思いを確実に堆積していく。
言葉かけをすることと、手を出すことは別で、今過渡期にあるこどもたちを見ながら、私はどうするべきなのか迷ってばかりいる。
自分はどっちでいたいのか、だったら何を言えばいいのか。
普段あまり意識していなかっただけに、考えさせられたなあ。
……なんか、そんな一日でした。疲れちゃったよ。
2008年06月14日 00:04HOME |
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