万華鏡

ランク外の女

ずぶーん。
もうね、ぬかるみと言うよりは泥沼を、ずぶずぶ歩いている感じ。
毒の斜線が引いてあるのが見える。鎧がないと、ダメージ大きい。って、いつの時代のドラクエだよ?
いやもう、カバなら喜んで泥浴びしそうだけどね、なんか、今日は虚しいわ。

ランク外の女、という烙印を押されて。
ああ、明日から私は何を支えに生きていこう。
やあやあ我こそは通信カラオケ全国一位の女なのですわほほほと声高く自慢していましたものを、ちょっとジャンルの違うあたりにチャレンジしたら、軒並み、ランク外だった。
本日の家族カラオケで、相方がなんだったか忘れたけど全国一位、小僧と娘はそれぞれ童謡部門を歌って全国三位をマークしていたのに、私の得点は90点にやっとたどりつくかどうかの平均点だった。くやしまぎれでモスラを歌い、とりあえず競争率のひっくーいところで上位をキープしとこうとする姑息な自分がまたイヤ。それでももちろん、私が家族最下位で。
娘が、歌い終わるたびに自分の受験番号を探す出来の悪い予備校生みたいな表情で画面の得点を見ている私に、過去に高得点だった曲を歌えばいいよおかあさん!!と執拗に勧めてくる。
いいえ。それでは意味がないのね。
初手に得意曲は全部歌ってしまっている。それで平均点が高いのは当たり前なの。本当に歌が上手い人なら、第二回目の今日だって、きっと全国上位がとれるはずなのよ。
と、毅然と新しい曲にチャレンジしては、次々玉砕。
しかし、それではあのぐいぐいランクが上がっていくカタルシスがまったくないまま帰路につくことになってしまう。のども暖まってきたことだしと、禁断の曲に手を出した。
もちろん、私の十八番である。丁寧に大切に歌ってきた、私の魂のテーマソング。青春、そのもの。
「大ちゃん数え歌(いなかっぺ大将)」……これは、前回、歌っていないのである。折しもトリノ五輪、プレデター似(と友達が言うところの)荒川選手が金メダルを確保したところだし、なんだか今期はスキーもニャンパラリな技術ばかり見せつけられている。この曲に、今の私のすべてを賭ける。最後の勝負、ちゃんと聞いていてね、P子。これが母よ、アナタの母なのよ。
さあ、始まった。一番終了辺りからぐんぐんまくって、25位前後まで一気にかけあがり、二番の途中で15位につけ、このいけいけGOGOな感じがたまらなく好きだ、さあ一気に10位以内にと声を張り上げていたら、そこになんと、あろうことか、電話がっ!!!
相方に出てもらったものの、電話中に声を張り上げるわけにもいかず、また何かもめているらしくて気もそぞろに。
「何?」
「あと10分だって。今日は土曜日だからフリータイム、三時間以内なんだってさ」
先に言え、店員め〜!!　 　そのとき既に三番も終盤。そして結果は、馬軍に沈み……。

いやべつにだからどーってことはないですよ。大人ですから。ふふん。と強がりながらも、相方を仕事に見送って、コドモ連れで居酒屋いって熱燗飲んでるってのは、どうよ。気がついたら酔った勢いで100円ショップでお大尽買いして、さらに本屋でばりばり本買って、DVDまで買い込んで、今日は一体いくらつかったのかと思う。
ぐずぐずにおちこんでいるのはね、そんなわけで、余計に持って行った食費の一万円、どこを探しても財布の中にないのよね。しかも、数枚残っていたはずの千円札も綺麗に消えていて、なぜか私の個人のお財布にも小銭しか残っていないこと……。
米買いに行かなきゃいけなかったのに、やっちまったー。
ああもう、相方は南国に逃げ出さないようにパスポートを取り上げられ、狭い仕事部屋にひきこもって鶴の恩返しのツウのように仕事をしているというのに、私はそのむしった羽で今日、ものすごーくスケールの小さい豪遊をしていました。ごめんなさい。
っていうか、このスケールの小ささもイヤ。これがエステとかマッサージとかシャンペン買って散財、いやいっそ衝動買いで中国株に投資したとかワンルームマンション買ってみたとかなら納得がいくけど……ああ、なんかね、やってることがものすごーく、小者でしょ。すごいせせこましい。で、明日食べる米がない。

帰宅後、今日は風呂に入ると私が死ぬかもしれないという理由で、すぐに着替えて子ども達を寝かしつける。
「おかあさん、子守歌を歌って〜」
と、P子がリクエストするので、早寝早起き運動推進中の日課としてここ数日続いている変なオリジナル子守歌を歌う。
「高くてきれいな声、でてるのにねぇ。今度は童謡とかミュージカルの歌とかがいいんじゃないかな」
と、P子に慰められて、苦笑した。
そうか。じゃあ、明日は久しぶりに聖歌でも歌いに行くかな、教会に。……あ。献金ができないよ。まあいいか、小者らしく、小銭でも。