空き家対策

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父が亡くなって五年目になる。

目端の利く人なら、老朽化した家屋なんかさっさと全部潰してしまうんだろうな。駐車場にしてもいいし、コンテナハウス建てたって、小銭が稼げたかもしれないし。

でもさ、なんとなく壊せなかったの。当時、家を売るか娘を売るかという、鈴木家未曾有の大飢饉で種籾まで食べつくそうかという事態に、解体作業費が出せなかったってこともあるんだけど、弟と話していて、荒れ果てた家だったけれど、そこが父の心の安寧の場であり、終の棲家だったんだなあって思うと、なんとなく神聖で。

事故物件と知っていても、父の知人がもろもろ考えると私が借りて住んでおいた方がよくはないか、いうありがたい大人のオファーもあって、それでもうーん、人に貸したりするのはちょっとねぇって丁重にお断りしてしまっていた。

叙情的な奴は金が稼げません。

弟はまっとうな公務員ですしね。

でも、台風が来て、屋根まで飛んで。壊れて消えたのが、その屋根でね。ご近所に対して大迷惑。大きいお屋敷が、次々細分化されて新しい宅地になっていき、閑静な住宅街になっているというのに、その真中には父の家がどーん。蔦の絡まるハウスで祈りを捧げた日。

そこで死んじゃってたんでね。

救急車が来ても、すぐに病院に運んでもらうことは出来なかった。倒れたと電話があって実家に向かいながら、病院はどこ?と聞いたら、第一発見者の弟から「検分があるから家に来て」と言われたんだった。

すでに亡くなっていると、病院に運ぶ前に警察が入るんだよ。

孤独死って、遺族はすごくつらい。自分の身内が「変死体」なんだもの。

病気も持っていたので、検死にはご近所のかかりつけ医が。結果的には解剖もいらない、自然死という扱いだったけれど、死亡時刻の推定とか、ドラマみたいだったよ。スーパーのレシートをゴミ箱から拾って、死亡推定時刻に事件性はない、とか話しているんだもの。ヒーターつけっぱなしで亡くなっていたから体は温かかったと思うんだけど、その時には触っちゃダメって言われた。

あの日から四年。

身内を孤独死させてかなり瓦解していた精神は立て直したけれど、その分、屋根は老朽化で壊れるわけよね。市役所も見るに見かねて、条例持ちだして「なんとかしてね」という通知が来た。

境界線だとかなんかまあ、条件でなかなか折り合いがつかなかったお隣さんともじっくり時間をかけてきたおかげでいい話し合いができて、多分近々、ちゃんと相続書き換えして、ちゃんと売って、ちゃんとお金にする。

父の命を金額にするみたいで嫌だったんだけど、それで次世代が父の遺志を継げたらそれでいい。

猫の額ほどの、ちっちゃな土地と家。金額で言ったら笑っちゃうぐらいだから、ホント何言ってるんだって話なんだけど、職人として羽振りが良かった昔とくらべて、年金暮らしになって蓄えも底をつき、父が残せたものって、結局この小さすぎる土地と家だけだったからさ。

父は不肖の私を多分彼の中で抹消していたし、弟に多めにあげたかったはずだから、遺志をちゃんと継いで、だんご鼻3兄弟の甥っ子の教育資金の足しにできたらいいと思って動く。

またしばらくは忙しい日々だなあ。

子育てが終わると介護が忙しいよね、って、私達中高年世代はよく話すんだけど、介護できるのは案外幸せなことで、私はちょっと介護したかったよ。って、思う。あんまりにもぽっくり潔く逝っちゃったので、そう思うだけかもしれないけれども。

謝恩会の準備

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PTAでびっくりしたのは、何しろとんでもなく仕事ができるハイスペックな人材が、とんでもない量いる宝庫である。ということ!

みんな奥ゆかしいのね。

私みたいに「ピアノ弾きまーす。でも、折り鶴折れません」とかはっきり言わない。私の弾けるって、バイエル終了程度。謙遜なしにヘッタクソ。

でも、とりあえず一週間くれれば初級中級一曲ぐらいならなんとかするよ、というのは十分「できる」領域だと私は思ってる。

ところが、みなさん決してできると言わないけど、ピアノの前に座れば、「乙女の祈り」とかだーんだだーんだだーんだだーんだだーんだだーんだだんって、弾けちゃったりするわけで。(このイントロだけなら私も弾けるんだが)

こういう文化圏にいると、「折り鶴折れません」っていってもゆう子さん、ご謙遜を。みたいになってきちゃってややこしいんだけど、私は本当にかわいそうなレベルで、折り紙は苦手なの。

三倍以上時間をかけても、多分「ネタ」レベルにしか仕上がらない。私が造形を司る神に生まれていなくて、みんな本当に良かったよね。

福祉作業所にボランティアで通った時、自閉症の子とチラシを半分に折るという作業を担当したんだけど、施設の方が見るに見かねて付録の袋詰めに私を配置換えしたぐらいで。自閉症の子は超絶うまくて、一生懸命見習って頑張ったんだけどね。

頑張っても、出来ないことってあるんだよな。

って、しみじみ思った。こういうのが「えー、私できませんから」っていうレベルなんだと思う。

そして、出来ないからって別にダメじゃないって、さらにしみじみ思う。

出来ないことが多すぎる私だけど、そんな私のぷにょぷにょした二の腕を毎日ニコニコしながらさわりに来る小学生がいるし、技術的にはいわゆる書道家に圧倒的に負けちゃうけど、気がついたら私に教えて欲しいっていう生徒さんがいてくれて「先生」としても成立しちゃってる。

セキセイインコに与える愛情よりもうちょっと濃い目の言葉がけを飽きずに与えてくれる相方も、とりあえず出された飯はどんなものでも全部食う小僧も、私がいないと困るでしょ。

つまりは存在、ってことで。

そこにいるだけで、いい。

いなくても世の中は全然ぐるぐる回っちゃうんだけど、「いてくれたらいいなあ」ってそう思ってくれる人がひとり以上いたら、なんか人生あげあげじゃん。って気がする。

......ヤバイ、話が完全にそれてる。

何が言いたいかというと、みんな自分にはこれができる、これが得意、という風には決して言わない奥ゆかしさが、日本の一般女性の嗜み。って話だった。

話題が側道に突っ込んでた。修正、修正。

奥ゆかしさ文化圏で、「よし、わかった。任せろ」と腹をくくった時の親たちの、底抜けにデキル作業量ってのが、怖いぐらい素晴らしいんだよ。

特に手作業に関しては、市価三千円ぐらいのものを百円以下のコストで創りあげちゃったりする。それもあっというまに、大量に。私は未だに自分が式典出席する時のコサージュは「試作品だけど......ゆう子さんにあげるね」と、小僧が小学生の時にあのPTA室で生み出されたものを愛用している。多分コレ以上に素敵なものって見つけられないだろうなっていうぐらい、気に入ってる。

子どものためにこんなことやりたいよね、って誰かのアイディアが形になっていく過程の、揉め事も、準備も、そして子どもたちの輝く笑顔も、後かたづけしながらむちゃくちゃ幸せな気分になることも、そういうの全部知っているから、多分PTAが趣味っていうか、もうやめられないんだと思う。

合理的にすればいい。

やりたい人が参加すればいい。

やりたいようにやればいい。

言いたい奴には言わせておけばいいけど、できればやらない奴は何も言うな。

無理も強要も絶対にしない。させない。

そして適材適所。

目的はひとつ、子どもたちのハッピー。

わかりやすい。

今年、私は謝恩会を数名で動かすことになった。

前年度通りで上に睨まれないようにやろうよというメンバーがガチ多い中で、なかなか動けないかもなあと危惧しつつ、私の今までの経験では得意分野がふられた時の化学反応というか爆発力っていうか、そういうのが楽しいわけで、......よーし、ちょっと策を練ってみようと思う。

今期のドラマ

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今期のドラマは、なんてったって「天皇の料理番」。

これは前作の堺正章版が好きすぎて、リメイクされると聞いてからずーっと楽しみにしていました。背景から小道具から、役者さんたちの言葉や仕草から、画面から伝わってくる熱量が半端ないドラマだなあと思います。出ている役者さんが全員、「律儀で一本気」という感じがする、骨の太い生真面目なドラマ。

佐藤健といえばいつまでもイメージが以蔵だったんだけど、今はすっかり篤蔵に。どうでもいいけど、私が以前飼っていたうさぎの名前は十蔵でした。

意外な大当たりが「アルジャーノンに花束を」。

前作ユースケサンタマリア版は原作に忠実でした。原作が大好きだったので、全部見たけれども、今回は山Pだし、さして期待はしていませんでした。

ところが野島伸司脚本に触れたことがなかった私は、大胆な設定と繰り出される珠玉の言葉と丁寧な描き込みに、完全に心を持って行かれています。窪田正孝は今一番のお気に入り、そこに最近いいなあと思っていた工藤阿須加が加わって、何より俳優・山下智久から目が離せない。結末は知っていても、小さくはいしだ壱成の髪の毛の行方、大きくはドラマの行方が気になって仕方ないです。

あと、「Dr.倫太郎」を見ています。

精神科という興味ある分野だけに、期待しすぎていたようで。仕方ないけれど専門用語の説明過多に絵空事感が拭えず、内容は退屈でした。しかし、女優陣の演技力に感服していて、止められなくなっています。初回の近藤春菜の熱演、蒼井優の卓抜、余貴美子、内田有紀の絶妙、何より高畑淳子の怪演はサスペンス感まで漂わせてマーベラス! 高畑淳子のトークやインタビューを目にするたび、どことなく他人とは思えない種類の方だなあと尊敬申し上げております。

ホームページまでチェックして、ディープなドラマ漬けの日々です。

ドラマって、バブル世代にはなくてはならない必需品だった気がする。それが教科書で、それがリラックスタイムで、それが話題だった。私がバブルの渦中にいながら今ひとつバブルの空気を醸し出せないのは、当時のテレビを、トレンディードラマを含め全く見ていなかったせいだと思う。

テレビ、もってなかったから。

私は中学、高校、大学時代にほとんどテレビを見てなくて、だからその流れで長いことテレビが必要ではなかったのでした。(当時の彼氏のテレビで「天皇の料理番」を見て感激するわけです、初めてカツレツを食べた篤蔵のように!)、相方と一緒になってからテレビを使って映画を見るようになり、ドラマをまとめて見るようになり、そして今ではお誕生日のプレゼントにテレビを頂くほどにテレビが大好き。お母さんデビューと同時にテレビかぶれが本格化したというか、後グレなので、こじらせててもう一生治らないと思います。

そういえば、我が家では、教育の名の下、食事中にテレビをつけません。

でも本当のところは教育ではなくて、テレビが付いていると私のお箸は止まってしまって、ご飯はぼろぼろこぼしてしまって、気もそぞろで会話が成立しなくなり、親の威厳が保てないからなんですけどね。

今期のドラマ「天皇の料理番」も「アルジャーノンに花束を」も、録画して、小僧と一緒に見ています。彼は牛乳、私はコーヒーかビールを飲みながら。

終わって五分ぐらい、感想を言い合ったりして。

つかの間のお茶の間を楽しんでいる、実はそれこそが一番幸せなドラマなのかもしれません。

がんばれ

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がんばれ。

と言われると、反射的に頑張る。と答えます。

コレは、ハワユー?と聞かれると、たとえ熱があってもアイム・ファインせんきゅー、あんじゅー? と応えるのと同じ脳みその箇所を使っていると思われます。

ハワユー?は割りといつも同じ熱量で発せられる言葉だけれど、「がんばれ」には、いろいろなニュアンスがあるように思いました。

悪意はないんだろうけど、明らかに上から目線の「がんばれ」は、生々しい傷に最高ホットな唐辛子をすり込まれたような感じで、ちょっと刺激的過ぎます。

でも、悪意はないんです、多分。だから、悪意はないんだ、むしろ善意なんだ、と言い聞かせて、唐辛子を洗い流します。

洗い流していると、ちょっと目に染みて、泣けてきます。がんばれなんて言ってくれなくていいのになと恨めしく思ったりします。

ただ幸い私には、ポーンとがんばれ〜といって励まし終了、ああ私、ゆう子さんに今、いいコト言った。とばかりに終わらせちゃう知り合いより、

「話聞くから」

「一緒に飲もうよ」

「何でも言ってね!」

「わかる。私にも経験が......」

 と、共鳴してくれる友達が俄然多くいてくれて、ありがたいなあ。もったいないなあ。と、胸が熱くなり、別の意味で泣けてきます。

彼、彼女たちが大変なときには(そんな日は来ないほうがいいに決まってるけど)、私が喜んで火の中に飛び込もう。と思わせてくれる、たのもしい友人たち。

いつも本当にどうもありがとう。あなた達がいてくれるから、今、かろうじて踏ん張れるんだと思う。ちょっと、一人ひとりには照れくさくて言えないんで、こんなところで吐露しちゃうわけですけれども。

「がんばれ」

と言われたので、

「がんばる」

と返したら、

「ごめん、がんばれって言っておきながら、がんばるを聞いたら、私がつらくなった」

と言ってくれた友達は、やはり今の私と同じような辛酸をなめていました。でも決して苦しいと言わない、強い人でした。強くて、優しいリアクション。

今まで私が日常で使ってきた「がんばれ」と彼女のそれと、優しさ含有量を考えたら、私の「がんばれ」はなんか、自己満足度満点という気がしたの。

がんばれ→がんばる、これで、励まし任務完了、的なね。

そこには、上から目線の「がんばれ」も多かったに違いなく。

自分のがんばりは、自分でコントロールできるからいいんです。問題は、コントロールできない、してはいけない、夫や子どもの成果を笠にきた、上から目線。

子どもの評価は子ども自身のもの、親は単なる伴走者とわかってはいても、子どもの立ち位置こそが、親の成績表みたいになっているのも事実。私の場合は専業母だったから、一緒に勉強して、一緒に応援して、一体感の母子カプセルを作りまくっていたんじゃないか、子どもが何らかで上位にいるときにくりだす「がんばれ」は、みっともないぐらい鼻息が荒く、思いやりに欠けていたのではないかと、今あらためて猛省しています。

お嬢も、小僧も世間の価値観で言えば大したことはありません。だから幸か不幸か、上から目線といったところで、限界はありますが。

でも、受験も、競技も、世間様の相対評価的な価値観と私の好みがたまたま違っているのを逆手に取って、私の尺度なら常に上位というか成功者側であり、私はそういう場所から我が子に対して「がんばれ」、苦しんでいる友人に対しても「がんばれ」、そんな応援を言い続けてきたように感じたのです。そこに共感はないよ。今とても恥ずかしい。

いわく、世間の決めたAランクになど意味がない。

どこに行くかではない、何をするか。

信じている、ここで駄目になったりしない、私の子なんだから。

夢は大きく、目標設定は低めに。

挫折は物語の肝、ハッピーエンドのカタルシスに向けて、大切な要素。

神様は超えられない試練を与えない。

常に今日がスタートライン、勝負はここから。

......自信満々で。キラキラしちゃって。ホッペなんか紅潮しちゃって。安全な場所から、ふんぞり返って、鼻たかだかで。まるで天狗だね。

けど、むりやりよじのぼった成功者の高い木の上から、こんな暑苦しい奴が「がんばれ」と叫んでも、実はちっとも届かないよね。って、いやもう、マジ猛省するわけです。

オリラジのあっちゃんも言ってた。天狗の鼻は伸びていても気づかない、そして天狗には何度でもなる。

そもそも、今痛いの苦しいのって、それはきっと、天狗だった日々の終わり、鼻が折れて心が痛んでいるということなんじゃないの?って思うと、無間地獄の愚痴の垂れ流しがかっこ悪く思えてきました。

猛省の舌の根も乾かないうちになんですけど、(まあポジティブ思考は天狗とはちょっと違うってことで)これは、チャンスなのかもしれません。私に優しい心が芽生えるチャンス。同じ伸ばすなら、鼻じゃないわね。芥川龍之介じゃないんだし。

「何も咲かない寒い日は、下へ下へと根をのばせ。いつか大きな花が咲く」

伸ばすのは、優しさの根っこだ。痛みを知って、言葉を慎め。

と、自分自身のために、こう日記に書いておきます。

友達の優しさにとっぷり使って、もう、傷口はすっかり癒やされたように思います。何度も言うけど、理性を失って深夜早朝真っ昼間、ご迷惑をかけた皆さん、ごめんなさい、本当にどうもありがとう。もう大丈夫です。おかげ様で、がんばれます。

いつまでも気にしていたら、見つかるはずの突破口も見逃してしまうわ。まずは自分の立ち位置をしっかり見据えましょう。親なんて、木に立って見ているだけでいい。自己肯定すべく、暑苦しく子どもに、知人に、「がんばれ」を叫ぶ必要はない。ということです。

がんばれ、私。

うん、がんばる! アイム・ファイン!

荒れる

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そうか!

心が荒んでいるのは、私が小僧やお嬢の勇姿を全く見なくなっちゃったからだ。

元気が足りないのは、心の栄養が足りないんだ。

と、思い当たった時に、うわーそんな他力本願じゃダメダメじゃん!と八方塞がりになりました。

初めて半年がたつ弓道は、道場に住みこみたいほどに夢中なのですが、いかんせん弓をひく回数が少なすぎます。ベランダを改造して、巻藁が引けるようにはしたのですが、ビニールシートの巻藁はどこにどう矢が飛んだのか、どのぐらいの矢勢なのかもわかりません。毎日ゴム弓を引いていますが、どの形がいい形なのかがわからず、単なる筋トレの道具と化しています。

更年期で平熱が高くなってしまったようで、毎朝、微熱がある状態なんですが、これが突然きゅーんと上がることがあって、今日は併せて頭痛と咳が止まらなくなり、お仕事をおやすみしました。お休みの電話をかけた瞬間から眠りに落ち、特に睡眠不足というわけでもなかったはずなのに、今日は丸一日眠り続けて、今、起きました。

そして、悲しいほどお元気。微熱に、戻ってる。

眠ったせいで、全身筋肉痛ですけれども、これは大丈夫。体調不良はホルモン大戦争もあるんだろうけれども、起き抜けに「何か」心の栄養が足りない気がする、と思い当たって、それが冒頭の途方に暮れる感です。

いかに子どもたちが大きな喜びを与えてくれていたか。

活躍してても苦しんでいても、競技に関わって、全力でサポートしてきて、実に楽しかったんだろうね。文句言いつつもPTAだボランティアだって、ああ自分の時間が欲しい!と思いながら爆走していた、そういうエネルギーがあればこそ、日常生活のどうでもいいことを面白がれたし、想像力も空想力も磨かれて、くだらない妄想が次々出てきちゃって退屈知らずな私だったのね。

ずっと無限のエネルギーなんだと思ってた。自分の困った好奇心は枯渇しないんだと思っていた。今も走っている日はバリバリ走って、

「鈴木先生、大丈夫ですか。日常では、ずっとそのペースではないんですよね?」

と職員室で心配されちゃったりもするほど、授業は全開なんですが。かつては授業以外にも、遊びでも別の仕事でも、ずーっとそのペースで行けたのに、今は息切れがするんです。熱量の使い方がバランス悪いから、平熱が高くなったのかしら!?

作文減ってるのも、面白いよーっていう発見がないからで。

ちょっと長いトンネルに入り込んじゃった感じだなあ。

復活するのかなあ。

それとも違う形に変われるのかなあ。

こんな愚痴は書いて公表するに値しないので、ためらいつつも、もしかすると

「今はこんなに元気ですけど、子育て終了期にはグタグダでしたけどね!ほら、見て」

なあんて、かっちょいいババアになった暁に、この辺りの日々を笑い飛ばせる時がくるかもしれないから、記録しておきます。はい、グタグダです。

怖いぐらい眠ったのに、実はもう眠いので、小僧が帰宅したらご飯を作って食べさせて、すぐに就寝しよう。ちょっと風邪かなあという感じの咳だし、お薬も飲んで寝ます。

小僧、早く帰ってこないかな。

母の日

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母の日だから、と、小僧は、試合の帰りにマンゴープリンを買ってきてくれました。驚きました。マンゴープリンは私の大好物です。

試合の帰りといっても、今日、小僧は試合に出ていません。

今日だけでなく、もうずっと、公式戦には全く、出ていません。

多分、次回も使われない。戦力外通告があったそうです。ラインで帰宅時間を知らせると同時に、「外れた」と一言報告がありました。

ベンチ外。

補欠でもないので、遠征にも連れて行かないということです。

予測はできたことでした。コーチとの面談で「自分は、ユースではなく、高校世代は部活を希望します」と明言したと聴いた時から。

大人の感覚だと「え、今? 言っちゃったんだ。うわあ要領、悪っ」とわかります。監督は、今後の意志と覚悟を聞いています。強豪校に行くのなら少しでも早く有利に動けるように、という親心でもあるのでしょう。でもうちは内部進学で高校受験がないのだし、宣言するメリットは何一つありません。ただ、本気で監督に気持ちを伝えたかった以上、迎合はできないよなあ。小僧の抱えている問題は、この要領の悪さです。正直で頑固。それは、まあ、いいところでもあるんだけどね。

それでも、さすがに二年生選抜選手と入れ替わってのベンチ外は......小僧としても、さぞ痛かろう。と容易に想像がつきます。

大切なのはチームのやり方にどんな意味があるのかではなく、この苦しい境遇にどんな意味を小僧が持たせることができるのか。

15歳になる今、ここから何をみつけるか。

私自身が、深呼吸です。

「中学世代の苦労は買ってでもしなさい、小僧くんは今最高にいい状況です。ここで挫折しておかないとダメなんです、いい時期です」

と、敬愛する先生に言われました。

別の尊敬する友人からは、

「一番怪我をしやすい時期に試合に出ない、でもそばでいい試合も悪い手本もたくさん見られる、というのは、一生サッカーに関わっていく上で、これ以上望めないぐらいの好条件」

とも言われました。

憧れの選手たちの数多くの伝記には、必ず挫折と栄光が描かれています。

私はこんな巨体ですから、バランスからいって心の方も大きく広い......といいんですが、ぐぐっと器が小さいんです。自分が動けるならまだいい。でも、子どもの経験を手出しせずに見守っていると、「ヘタレで醜くいところ」がどんどん湧いてきて、でもそれを決して出さないように努力するわけで、実はそれがしんどくて、いやもう、とてつもなく苦しい伴走の日々でした。先人や先生の言葉を支えに、なんとか平成を保つのがやっとの。

今日は、ある意味、解放記念日なのかもしれないなと、ちょっと思いました。

小僧が、サッカーのある星に生まれてきたことを、私は神様に感謝していました。

臆病者で、新しい場所に適応することが苦手な小僧が、サッカーのためならどんなことでもがんばれました。自分からは率先して友達を作れなかった小僧が、サッカーを通してたくさんの友達を得て、勝利を目指して協力し、語り合い、笑ったり泣いたりしていました。サッカーが小僧の幸せの根幹。ありがとう、サッカー。

その信念は、一生揺らぐことがないと思ってたわ。

自分の入りたいと思ったチームに一度は嫌われ、一年浪人して遠くのスクールにバスで通い死に物狂いで練習して、満を持してセレクションを受け、合格した時には小僧より私が号泣したのが、昨日のことのようです。

彼のお陰で、楽しい楽しい、本当に楽しかった少年サッカー時代でした。

そのまま中学世代も、同じチームに。

でも、環境は激変していて。

どんなにがんばっても、がんばっても、どうにもならないことってあるんだよね。

私がダメでした。観戦も応援も小僧に禁じられたサッカーが、ちょっとずつ遠い遠い競技に思われてきて、関係ないのに日本代表戦ですら楽しめなくなっちゃった。毎年、何十万人ものサッカー少年が同じ苦しみを味わっている。あとどのぐらい涙と嗚咽が草の根にしみこんだら、日本代表はワールドカップで優勝できるの?とか、もうとんでもない八つ当たりです。

今夜、小僧の試合が終わったのは早い時間でした。

小僧が戻ってきたのはいつもと同じ、遅い時間でした。

自主練をしてきたのか、寄り道で心を整えてきたのかは、わからない。どんなに苦しくても誰にも代われない、理解されにくい痛みを抱えて、小僧は何を考えたのでしょう。

ただいまー、と力なく帰ってきて、無言で台所で手を洗います。ボールを蹴り始めた頃は私を常に見上げていましたが、今では私の背をはるかに越えて見おろすようになりました。

華奢な肩だけはまだかろうじて子どもですが、もう抱っこして「よしよし」と頭を撫でるわけにもいかないのです。

だから私はごはんをつくる。

とにかくごはんをつくります。

いただきまーす、と力なく食べ始めて、それでも自分でおかわりして、ちゃんと丼二杯がっつり食べた後、ごちそうさまでしたとぼそっと。普段なら「ああうまかった!」という好物のおかずだったのだけれど。

それでも、食べ終わって私がお茶を入れていると、

「おかあさん、今日、母の日だから。これ」

と、私にマンゴープリンを差し出したのでした。

そして、そのままお風呂に行ってしまいました。

「いつも、ありがとね」

消えるような、小さい声でつけたして。

え。すごくつらいはずのこんな日に、そんな言葉が言えるんだ......と、私はちょっと驚いていました。きっと人を構う余裕なんてないぐらい、きつかったはずなのに。

小僧はひょっとすると私が思うよりもずっと強くなっていて、ポジションがどこだろうとあるいはなかろうと、サッカーに対する思いは微塵も揺らがないのかもしれません。サッカー観戦すらつらくなっちゃった私なんかとは違って、ちゃんと現実を受け入れ、もうちゃんと次のことを考えているのかもしれません。

差し出されたマンゴープリン、大喜びで食べました。

コンビニのマンゴープリンだったけど、美味しかったです。

本場のどんなマンゴープリンより、美味しかったです。

音声入力日記に挑戦

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朝起きたら首を寝違えていて、午後になっても首が回らない。 相方との間の細かい借金を精算しても、原因は寝違えにあるので、やっぱり現実的に首は回らない。 大人になったら、寝違えるなんてことは空を飛ぶ夢を見なくなるぐらい、ないのだと思ってた。 というわけで、小僧の公式戦だと言うのに、本日横になっている次第。 どうせ寝たきり日記なら、本当に寝たきりで書けるかどうかちょっと試してみようかと思って。 iPadで、音声入力をしている。なう。 そして、 意外に使えるのでびっくりしている。なう。 すごいなぁ、東京オリンピック生まれの私から見れば、これはもうSFに近い。 急ぎの原稿のときはPCでひらがな入力、外出時のiPadから書くならローマ字入力、と決まっていたのだが、うわー、音声入力が最も簡単で最も速いわ。 私が18歳の時、初めてワープロに触った。その時にはひらがな入力しかなかった。 友達は英文タイプのタイピング3級を持っていたけど、大事な事は均等に力を入れてキーを打つことだったりした。 当時の英文タイプは、アルファベットの金具の判子をカーボン紙を通じてスタンプするような仕組み。キーを押せば、その力が判子にダイレクトに伝わるから、力を均等にしないと濃い文字と薄い文字が混在してしまったわけよ。 そんなふうに思い出を語るだけで、既に私は歴史の生き証人なんだなあって、ちょっと不思議な感慨。 私は祖母から、大正時代〜昭和初期中期の日常生活や風俗のあり方を聞くのが大好きだったんだけど、祖母が決して面倒がらずに、面白おかしく話してくれた理由もよくわかる。 歴史の目撃者だったのだ。 代わりに祖母は「今」の流行や風俗をいつも興味深そうに質問してきた。流行の街、流行の格好、流行の歌、本、雑誌。新しい家電、新しい考え方、特に若者の好みや価値観を面白がっていた。 これまた、時空を超えて共感の嵐。実によくわかる。 世の中の流れは早くて、私にはもうすでにいろいろ、ちょっと追いつけないのだけれども、歴史の目撃者として何一つ諦めたくはない。なんでも見たい、知りたい。 幸い、今はあの頃の未来だ。 晩婚だったので、好奇心の塊みたいな孫は持ち合わせていないけれど、インターネットと言う窓が開いているから、興味の対象をすぐ調べられるのがいい。 しかも私の可愛いiPadには、多分イケメンの執事が住んでいて、尻と言う名前がちょっとどうなのよとは思うものの、音声で尋ねたことには、それなりに頑張って答えてくれる。 音声入力の問題点は、外出先では使えないこと。 いつもの文章のリズムじゃないことと、変換がちょっとばかりおかしいこと。 それでも寝たきりのまま、世界のどこにでもつながることができて、文章が書けて、それを世界発信できるなんて、この科学技術はものすごくすてきだと思う。 私がロボットフェチというか、工学系の人が大好きなのは、その優しい想像力を知恵と技で現実に変えられる力を持っているからだ。 首が回らなくて、弓道の初心者講習会に行けない。 首が回らなくて、サッカーの応援に行けない。 ものすごく落ち込みそうな心と体の痛みを、誰かの想像力と誰かの技術と誰かの資金力のおかげで、今こうして割とワクワクしながらしゃべり続けているわけで。ありがとう、優しい誰かさんたち。 あとは、今、誰かが私の代わりにトイレに行ってくれればなぁと思うんだけど、こればっかりはねえ。
黄金週間も残すところあと二日。

小僧はものすごく久しぶりにオフ、中学のお友達と一緒に映画、そしてショッピング。
お嬢は高校卒業式に渡米、そのあとは大学の寮に入って、ラインの報告を見る限り、毎日がお祭りみたいで楽しそうです。
相方はジョギング中。
ちょっと前まで、ゴールデンウィークは家族で団子になって一緒に過ごす時間でした。
遠出の計画を練ってみたり、渋滞に巻き込まれてみたり、都内残留の年にはみんなで大掃除をしたり、サッカーや弓道の大会で応援したり。
そんな昔が、ちょっとだけ懐かしいです。
そうか、家族がみんなバラバラでも、一人一人で十分に楽しめるようになったんだね。
そしてその一人一人のお楽しみっぷりを聞くお楽しみ、という、新しい世界が始まりました。
ふむふむ。
私の子育て黄金期は終わったんだなあ。
天職だと思っていた記者生活から、「母親業」に転職し、夢中で走ってきて、小僧の義務教育はあと1年弱、高校受験はないから、これはもうほとんど終了なんだなあ。
楽しかったなあ、面白かったなあ。
と、しみじみ思い出に浸ったら、さて次の第一歩だよね。

というわけで、断捨離プラス新事業展開の準備を、ゆっくり始めました。
ゆっくり、ゆっくりです。
今までの私のパターンだとここから一気にダッシュなんですけど、昨年末、階段のてっぺんから降ってきたスーツケースに巻き込まれてひっくり返り、腰を強打、入院して以来、どうもペースがスローダウンしています。頑丈だっただけにね、いろいろなところが次々壊れていく感じで、不調になっていくショックは案外大きかったの。
ブログ書く時間はきっとあったんです。
でも、作文する気力がない。
大学に復学する資金も時間もできたんです。
でも、もはや福祉施設に実習にいく気力がない。
本ぐらいは読めるはずなんです。
でも、興味のある分野が見つけられない。すっごく欲しかった文化人類学のお高い本は3ページで熟睡を誘うし。マンガすら、面倒臭い。
家事だって仕事だって、しっかりとこなせば快適に過ごせるんです。
でも、ちょっと動くと疲労困憊で。
お友達と過ごす時間を、待ちに待っていたんです。
でも、夜の外出なんてとんでもない、よほどのことがない限り無理。という感じ。
実際に謎の微熱だの、謎の吐き気だの、謎の全身痛だの、ギリギリ気のせいのような謎の症状が私をぎゅっと抱きしめてくれちゃって、身動きが取れない。
逃げ出したくても、エンジンがかからないの。
何度蹴り上げても、ぱすっ、ぱすっ、と音を立てるだけで、さっぱりエンジンがかからなくなっちゃってる、冬場の2ストのモトクロスバイクみたいで(そんな例えは、変わったバイクに乗っていた私にしか通じない気もするけど、使っちゃう)。
おそらく更年期ってやつだよね。
更年期、怖いわー。
発情期の猿のお尻が赤くなるように、顔に更年期隈取りとかはっきりおしるしが出てくれたら、電車の優先席前にも立てるけどさ。外観には何の差異もない。妊婦さんかな、という程度にお腹が出ていても、いや年齢的に枯れてるしなあ、と気にもとめられません。いっそ白髪ならと思うけど、相変わらず白髪はほとんどない。
「白髪がないっていいなあ」
だって?
やだ、白髪はおばあさんをしっかり記号化するけど、世間は黒毛の薄毛には冷たいのよ。そして私はかなりの薄毛なのよ。頭髪だけ。

だけども。
新緑の季節とともに、なんかちょっと、明るい兆しが見えてきました。
私の薄毛は新緑のように生えてはこないから、運命には逆らえないけれども、それでもシャンプーとブローとムースで少しモサモサ、ごまかすことはできる。
ごまかしているうちに、薄毛なんか全く気にならない、もっと大事なことに出会うはず。
うん、今まではそうだった。
痛みには対処療法で、そこから少しだけ無理をかけて、そのうちに自然治癒して復帰して、さらにパワーアップしていた......というシステムなら、経験値と共に体に叩き込まれています。
どんとこい逆境!という、若き日の私の信条をちょっと思い出してみました。
問われるなあ、ここからの生き方に、若い頃の経験が問われるんだなあ。なんて改めて思ったりして。
与えられた試練に文句言ってても、なーんもいいことがない。
っていうか、始まらない。
始まらないってことは、ずーっとつまんないってこと。
ちょっと寝込みながら「うー、神様、助けろ??」とか、正直、罰当たりにも呪いそうになりましたけれども、神様だって相方だって友人だって、自ら動かない私を助けようがないわけでね。
更年期は多分まだまだ続くけれども、辛い日々は未来永劫続くわけじゃない。先カンブリア紀だってちゃんと終わってカンブリア紀に、そしてオルドビス紀につながったように。

というわけで、あせらず、いい大人になろうと思います。
大人になるために、今日はのんびり家事をして、そのあと一人で弓道の自主練にも行っちゃおうと思います。半年目に入った五十の手習いは、更年期の特効薬になるような気がしているんだけど、どうかなあ。また、レポートします。

















2月は一度も更新しなかった

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そして飛ぶように過ぎていったわ。

何もかもが停滞している。
そういうダメダメな時期。
ちょうど中学生のホルモン暴走期によく似ていて、感情が(あの当時ほどではないけれども)コントロールできなくなったり、姿勢が(あの当時ほどではないけれども)だらしなくなっていて、(あの当時ほどではないけれども)基本的にだるくてぐったりしていることが多い。
もちろん気力が勝るタイプなので、仕事だとか遊びだとか、動けば動けるのだが、動けば動くほど振り絞った気力はカスカスになっていく感じ。
何もしたくない、助けて神様。と思うことがしばしば。
ここ一ヶ月ほど、喘息用の咳が止まらないし。これで体力が削られている。寝て起きても、常にヘトヘトな感じなの。
そして、関節が痛んだりしやがるのよ、すっごい老人っぽい。
まいったなー。
「ゆうこさんらしくない」なー。と、自分でも思う。
でもさ。
ダメダメを許そう。自分以上に自分を愛してくれる人や、自分をいたわってくれる人はいないわけだし。
仕事の絶対量が減っていてもうしわけないなあ、という思いは「ごめんね」と言って、とりあえずなかったことにしよう。
今かけている迷惑は、元気になった時にお返しする。義理堅い私なら、きっとやれる。
だって本当にしんどくて、今は何もできないんだもの、仕方ない。
私は大好きな人なら多少の憂鬱も多少の迷惑も、まあいいか、と思えるもんな。
しょうがないなあ、動けなくなってお荷物のゆうこさんでもいいわ、というぐらい私に期待しないでいてくれる人が、最後に残る友達なのかもしれない。

わかりやすくは、お嬢が大学進学で出て行くので、空の巣症候群かなと。
でも、情熱を注がなきゃいけない小僧の養育は、まだあとたっぷり四年も楽しめる。うーん、そういうのではない気がする。
本当にね、なんかこう、湧き出ずるものがない感じ。止めどなく尽きることなく、私の欲も元気も愛情も、溢れ出てくると思っていたのになあ。

それでも、なんとなく心の奥の方で
「これはやっておけ」
と叫ぶ声がするので、そういうお告げみたいなものには忠実になっておこうかなと思っている。春から、いろいろ動けるように用意する。多分それが精一杯なので、のんびりやる。
中途半端に動いてきたいろいろなものはとりあえず、全部終了してみる。
やりたいことだけをやる、ということだね。

体を鍛えるのも、弓道だけに絞る。
これが案外、老体にちょうどいい。精神的な瞑想の効果がでかい。自己との対話の時間なんて到底取れなかったが、弓道タイムはまさしく自分を見つめる時間になっている。
新しい所作、新しい用語を覚えれば、ボケ防止にも。はじめて4ヶ月、やっと弓道関係の人が話す単語が日本語に聞こえてきたところだ。
ゲートボールじゃなく弓道に手を出して良かったと思う。

少しずつ、構築し直す。
50歳って、ちょうどそんな時期なのかも。と、雑感として残しておこう。
あ、ほぼ日手帳は続いている。
日々、ちょっとだけの幸せが、ちゃんと積み重なって入るのよ。
神様たすけて、だけじゃなく、いつもありがとうって思っていられる余裕はまだある。うん、大丈夫。